I-Method

渋柿庵日乗 七五


ゴールドマン・サックスは第二の財務省になれるか?(上)

2011年7月3日

 民主党は30日に「税制と社会保障の一体改革」を決定し、1日には与謝野大臣
が閣議報告した。時期は明示していないが、2015年前後までに消費税率を段階
的に10%に引き上げ、社会保障財源を充実させるというものだ。
 でも待てよ、25日には復興構想会議の答申が出て、復興財源として増税を打ち
出したばかりだ。
 いったい増税は復興財源なのか、社会保障財源なのか。まあ、どっちにしても財
務省の財布が膨らむことには違いない。

 2015年の増税では復興には間にあわないので、補正予算や来年度予算で復興
国債が大増発される雲行きだ。その結果、国債の格付けが引き下げられ、金利上昇
とデフレが日本経済の暗雲となるかもしれない。
 ムーディーズ・インベスターズ・サービスは、現在「Aa2」(スペイン、イタ
リアと同じ)の日本国債の格付けを1〜2段階格下げする検討に入ったと5月に発
表している。1段階下げると「Aa3」(中国と同じ)、2段階下げると「A1」
(韓国と同じ)になる。国債が大増発されることが決定的になれば、2段階引き下
げ必至だろう。
 お金が足らなそうだから増税する。増税が間に合わないから国債を大増発する。
そんな単純な財政政策で復興がうまくいくのか。経済はだめにならないのか。政府
からはなんの見通しも示されず、全力でがんばりますという精神論しか出てこな
い。被災地が沈没し、国家すら沈没しかけているのに、財務省だけは増税で安泰。
なんというベタさだろう。



 復興構想会議には自治体が自由に使える復興交付金というアイディアが盛られて
いた。岩手県知事の提言だそうだ。これは民主党の政権奪取時の公約だったのに棚
上げにされてしまった一括交付金のミニマムリバイバルだ。
 自治体の起債自由権という議論もあったはずだが、それは財務省のお気に召さな
かったようだ。国債を大増発して財源を得たなら、それをシェアする元締めは財務
省になる。ところが自治体が地方債で復興財源を調達してしまったのでは、財務省
は元締めになれない。
 だが、財務省が嫌いな地方債こそ、国と地方の財政構造を逆転し、自治体の復興
財源を自治体が自ら調達し、自律復興していく唯一の方法なのである。

 地方債って国が借金するかわりに地方が借金するだけじゃないかと思うかもしれ
ないが、国債と地方債ではぜんぜん違う。国債で調達した財源は、財務省から各省
庁に配られ、各省庁から自治体に補助金や交付金として配られる。しかし、地方債
で調達した財源は、財務省も各省庁も関係なく、自治体が自由に使える。つまり、
省庁の縦割り構造や補助金の面倒なルールに縛られることがないのだ。
 たとえば、津波で全滅した都市の復興をするには、各省庁ばらばらの補助金で、
ばらばらな事業を発注するより、都市のグランドデザインを行い、道路でも港湾で
も漁港でもいっぺんにそろえてしまったほうがずっと早い。それを実現するには自
治体の財源100%で事業を実施しなければならない。1%たりと補助金を入れて
はいけないのである。
 それが岩手県知事の復興交付金というアイディアだということなら、もちろん悪
くない。しかし、結果的に復興交付金は各省庁の既存の国庫補助事業になじまない
例外的な事業(たとえば温泉開発事業とか)に限定されることになるだろうし、復
興交付金を配る元締めは依然として財務省と総務省なので、ほんとうの意味で自治
体の自由な財源とは言えない。地方債だけが、財務省の呪縛から逃れる道なのであ
る。



 法的には自治体には地方債を自由に発行する権利(起債自由権)がすでに認めら
れている。ところが無制限に地方債を発行すると自治体の財政破綻を招来するとい
う懸念から、総務省の承認を得ないと政府保証債にしてもらえず(金利などの発行
条件が不利になる)、償還財源の地方交付税措置も得られないというイジメが行わ
れている。総務省の報復が怖いので、無承認債(ヤミ起債)を発行する自治体はこ
れまでほとんどない。
 この地方債の政府保証債の枠を大幅に拡張し、償還財源の交付税措置を約束すれ
ば、自治体は自由に使える財源を増額できる。これが起債自由権の議論である。
 しかし、たとえ政府保証があっても、地方債を増発すれば、自治体がかかえる巨
額の借金(全国自治体の長期負債残高約200兆円)がさらに増え、小さな自治体
は財政力が低下し、破綻リスクが高まってしまう。そうなるといかに政府保証債で
あっても地方債の信用が落ち、金利が上昇してしまうかもしれない。つまり、法的
には自由であっても、地方債はおいそれと増発できないのだ。



 ところが、自治体の借金を増やさずに起債するというウソのようなアイディアが
ある。これがレベニュー債である。これはアメリカで普及している自治体の起債方
法であり、アメリカでは200兆円も発行されている。日米の経済力の差を考える
と、日本でも100兆円くらいは発行してもよいはずだ。

 レベニュー債は有料道路、上下水道、ガス事業など、収益性のある自治体のイン
フラ事業を担保として発行する地方債である。しかし、資産流動化の方法と組み合
わせると、どんな事業でも発行することができるようになる。
 たとえば西新宿の都庁舎を担保としてレベニュー債を発行する方法を考えてみた
い。
 都庁舎の土地と建物の不動産評価額を仮に1兆円としよう。都は都営不動産会社
を設立して1兆円で都庁舎を譲渡する契約を結ぶと同時に、年間400億円で30
年間賃借する契約を結ぶ。これで都庁舎の資産を流動化できたことになる。
 都営不動産会社は400億円の安定した賃借料を担保として、償還期限30年の
レベニュー債を1兆円発行し、都に都庁舎の譲渡代金1兆円をキャッシュで支払
う。レベニュー債は社債だが、償還財源は都からの賃借料なので、実質的に都の裏
保証があるとみなされ、都債と同等の低金利で発行することができる。
 これが資産流動化とレベニュー債の組み合わせにより、無収益事業からでも巨額
の資金を調達してしまう金融マジックである。しかもこの方法なら総務省に起債を
承認してもらう必要はなく、ヤミ起債だと言われることもない。資産評価額の範囲
内なら発行額に上限はない。



 ゴールドマン・サックス(GS)はこうした地方債の開発にかけて世界一の提案
力と実績を持っている。その金融のノウハウを復興財源の確保のために生かさない
手はない。
 GSは茨城県の廃棄物処理施設や青森県の有料道路で、日本ではまだ発行例がな
いレベニュー債の国内初の発行をもくろんでいる。いずれも震災前から準備してき
たもので復興目的の起債ではないが、GSはこれを突破行為として、レベニュー債
をはじめとしたさまざまなタイプの復興地方債の主幹事独占を狙って、被災自治体
に営業攻勢をかけてくるに違いない。これまでも自治体の財政難につけこんで、さ
まざまな起債方法を売り込んできたのがGSなのである。他の証券会社はGSの後
塵を拝するのみだったが、復興地方債でも同じ轍になるかもしれない。
 復興地方債が10兆円発行されるとすれば、主幹事の引受手数料は1%でも10
00億円になる。まさにビッグマーケットである。
渋柿庵主人
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