I-Method

渋柿庵日乗 七一


ほあんいんぜんいんあほ

2011年6月4日
 環境ビジネストレンド研究会の5月31日例会は、環境エネルギー研究所長の飯田哲
也氏の「戦略的エネルギーシフト」という講演だった。氏は再生可能エネルギー普
及の第一人者として著名な方であり、原発問題についても詳しく、神戸製鋼時代に
福島第一原発の施設設計にも関わられたことがあるそうである。氏の主張はさまざ
まな著書やメディアで取り上げられているので、ここでは講演内容は省略し、二次
会場まで歩く間の路上や居酒屋での雑談で話されたことを紹介したい。

 最初の話題は「ほあんいんぜんいんあほ」という回文(前から読んでも後ろから
読んでも同音の文章)。小学生の間で流行っているとソフトバンクの孫氏が紹介し
て話題に。どうやら原子力安全・保安院の会見が無意味なのは小学生でもわかるレ
ベルだったらしい。
 それはそれとして、飯田氏によると、もっとましな原子力機関が日本にはあると
いう。たとえば独立行政法人日本原子力研究開発機構(JAEA)を氏は挙げてい
た。ここは日本原子力研究所と核燃料サイクル開発機構が2005年に統合されて発足
した機関だ。
 原子力安全・保安院はお役所であって研究機関ではないのだから、国立研究所の
JAEAと比較するのは可愛そうな気もする。
 疑問なのはそうした原子力機関が日本にはたくさんあるのに、一切沈黙を守り続
け、なんの役にも立たなかったし、だれも役立てようともしなかった。文部科学省
には原子力安全課があるし、資源エネルギー庁には原子力政策課があるが、記者会
見場には姿を現さなかった。つまり他のお役所や国立研究所がそっぽを向く中、原
子力安全・保安院はあほと言われながら、スケープゴートにされたのかもしれな
い。



 二番目は福島第一原発の吉田所長を東郷平八郎ばりの救世主に祭り上げようとい
う話題だ。これはテレビ朝日の往年の人気番組(最近は人気薄)「朝まで生テレ
ビ」の最新回だった「脱原発と日本」で、飯田氏と青山繁晴氏(独立総合研究所社
長、原子力委員会専門委員)のやり取りの中で出たコメントらしい。
 このコラムの61回で、「後はもう現場を指揮している吉田所長が天才的な指揮
官だったという偶然に、国の命運を委ねるしかないのだ。」と書いた。
 最近になって判明した事実は、一度始めた海水の試験注入を東電本社が中止する
ように命じたが、吉田所長は無視して海水注入を続けたというものだ。
 この英断をもって突然、吉田所長を東郷平八郎に祭り上げようという論調が出て
きたようだ。
 私も県庁の出先の一事務所にすぎない海匝(かいそう)支庁の産廃Gメンだった
とき、本庁の意向を無視して海匝支庁方式と名づけた不法投棄対策メソッドを独断
実行していた。(その後、海匝支庁方式=石渡方式は全県、さらに全国に普及し
た。)
 緊急事態発生時には上の判断など待っていられないし、どうせ情報を持たない上
は適切な判断ができないので、現場の独断で動くのはやむをえない。しかし、結果
オーライならいいのだが、原発のメルトダウンあわや臨界爆発という国家的危機の
対応が現場の所長の判断でいいのかという疑問は残る。水があると中性子が減速し
て炉心が再臨界しやすくなるから、海水注入をいったん中止して様子をみようとい
う東電本社の指示は、現場の状況がわからない専門家の助言に基づくものではあろ
うが、理解できる面はある。だが、現場を目の前にしている吉田所長は炉心の冷却
の継続こそが最善にして唯一の策だと確信して、上の指示を無視したということな
のだろう。
 乱世の英雄を待望する気持ちはわかるが吉田所長=東郷平八郎の趣旨は、原発事
故現場の指揮権を統括する人物が必要だということであり、指揮官に相応しい決断
力と知識があれば吉田所長ではなくてもいいわけだ。
 日本の防災体制における指揮権の分散もしくは不在については、これまでもこの
コラムでたびたび指摘しているところだ。
 私自身は自衛隊の中に原子戦の専門部隊を設置し、そこに原発事故への対応能力
も持たせ、メルトダウンや再臨界の危険があるような大事故時には、原発所員を退
避させて自衛隊が指揮権を取るべきだと考えている。今回は地震と津波という自然
災害が原発を襲ったが、もしも原発がテロの標的になったり、爆撃されたりして損
傷した場合、自衛隊は対応できるのか。残念ながら自衛隊に対応能力はなく、米軍
に支援を仰ぐほかない。だったら原発事故でも最初から米軍の支援を仰ぐべきだっ
たのである。



 三番目は、日本の脱原発はいつになるかという話題だ。ドイツは2020年まで
に全廃と発表した。日本は浜岡原発の停止だけでお茶を濁すのか。
 飯田氏は今回の地震で停止した原発や浜岡の再開はもうありえないと考えるべき
で、新炉の建設もありえないので、現在稼動中の19基の原発をどうするかという
問題だという。
 地震前に日本の発電量の原発のシェアは25%だったが、地震後に15%に落
ち、耐用年数(30年だが10年延長可)が過ぎた炉を順次廃炉していくと202
0年にシェアは10%になる。これを自然エネルギーでおきかえれば、ドイツと同
じ2020年全廃は十分に不可能じゃないという。
 しかし、二次会の中ではさらにハードなシナリオも出た。原発は13ヶ月ごとに
メンテナンスで停止するので、メンテナンス後の再稼動を認めなければ最短13ヶ
月で全廃となるのだ。
 この場合、代替電源が確保できなければ電力が25%不足することになるが、そ
れくらいは省エネでなんとかなるという。
 それに13ヵ月後なら窒素封印で温存している石油炊火力発電所も再稼動できて
いるし、自家発電設備も増えてくる。国民も二度目の夏なら省エネを学習してい
る。もしかしたら13ヶ月後原発全廃はありえるシナリオなのかもしれない。ほあ
んいんはぜんいんあほかもしれないが、国民はかしこくならなければならない。
渋柿庵主人
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