I-Method

渋柿庵日乗 七六


ゴールドマン・サックスは第二の財務省になれるか?(下)

2011年7月4日
 資産流動化とレベニュー債を組み合わせれば、地方債の政府保証発行枠(総務省
承認枠)にとらわれずに、自治体が自由に使える財源を確保し、省庁の補助事業に
よらずに自治体が自律的に復興事業を実施することができる。
 以下にその具体的な流れを例示したい。(筆者の個人的な試案である。)

 まず市町村単位もしくは県単位で、復興を目的とする会社を資産流動化法による
特定目的会社(SPC)として設立する。名称はたとえば「特定目的会社石巻市震
災復興公社」といったものでいい。
 復興会社は津波で全滅した被災地や放射能汚染で避難指示地域となった土地の所
有者から土地の現物出資を受ける。
 復興会社は、この土地をまとめて自治体の復興事業に必要な期間(10〜20
年)転貸する。
 この賃借料は国が全額を地方交付税措置する。
 以上で、被災地の資産流動化ができたことになる。
 なお、被災地の賃借料について地方交付税措置を受けたのでは、真に地方の財源
が自立しているとは言えない。地方交付税措置は、道州制の施行により主要税(所
得税、法人税、消費税)が全額地方に移譲されるまでの暫定措置だと考えたい。



 国は被災地の一時国有化を検討しているようだが、国有化の場合、買取価格の決
定に難航することが予想される。国は固定資産評価額や路線価などの公簿価格をベ
ースにしたいだろうが、土地所有者は被災前の時価をベースにさらに上乗せを要求
するだろう。だが、被災前の時価にさかのぼって補償するのは不動産鑑定の常道に
反している。被災後の時価との差額は事実上の個人補助金であり、土地所有者だけ
を手厚く処遇することになる。一番問題なのは国有化の場合は一時払いになるの
で、巨額の財源が必要になることだ。
 資産流動化の場合、賃借料の算定に用いられるのは、被災前の過去の価格ではな
く、復興後の有効利用を想定した未来の価格である。復興を考慮して最有効利用価
格を算定するのは不動産鑑定の手法として問題ない。さらに流動化は国有化と違っ
て土地代金を一時払いしないので、財源不足が生じにくく、より広範囲の土地に流
動化事業を実施できる、
 国有化でも流動化でも、自治体が復興の遅れの最大の原因となる用地買収や区画
整理の地主同意を得ることなく、復興事業を迅速に実施できるようになる効果は同
じである。自治体の復興事業は、通常ルールどおりに国庫補助金、地方債、地方交
付税を財源とすればよいが、用地補償費が必要なくなる流動化の方が、復興事業本
体の予算を潤沢に使える。



 次にレベニュー債の出番である。
 復興会社は自治体からの土地の賃料を担保としてレベニュー債を発行する。これ
は社債であり政府保証債にはならないが、償還原資は自治体からの安定的な賃料収
入であり、国の地方交付税措置という裏保証があるから、政府保証債と同等の有利
な条件で発行できる。
 復興会社はレベニュー債で集めた資金により、被災者の集団移転先の開発などの
復興事業を行う。
 この事業は国庫補助事業ではないので、省庁の縦割りや補助事業の枠組みの制約
を受けずに、復興会社が自由なプランで自由な発注ができる。かつての公団のニュ
ータウン開発のように、ゼネコンに面的開発の一括発注することも可能である。
 復興会社はこの復興事業で建設したインフラから収益があがる場合は、それを担
保にさらにレベニュー債を発行することもできる。
 被災地の復興で建設される上下水道や都市ガス、病院、廃棄物処理施設などもレ
ベニュー債による資金調達が可能だし、市役所庁舎のような非営利施設について
も、前回に都庁で例示した方法で起債ができる。



 被災地が復興し、有効利用可能な状態となった場合には、地主である復興会社が
仮換地を受け、これを有償で民間事業者に貸し付けることができる。この果実もま
た新たな債券発行の担保になる。土地のまま貸し付けず、ショッピングモール、リ
ゾート施設、港湾などの施設を復興会社が建設してから貸し付けてもよい。
 このようにベタな国債よりも地方債のほうがずっと先進的な起債技術を使うこと
ができる。これがアメリカで地方債に人気がある理由の一つである。
 復興会社は単なる被災地の受け皿ではなく、積極的に復興に関与し、収益を上げ
る不動産投資会社であり、レベニュー債だけではなく、MBS(不動産担保証券)
を発行することもできる。
 このような会社の経営は素人では不可能なので、サイモン・プロパティ・グルー
プのような国際的な不動産投資の専門企業のサポートを受けることが必須であり、
条件が整えばサイモンのような国債企業が自ら復興会社の設立に乗り出す事だって
ありえる。



 復興という目的が達成されれば、復興会社は解散される。このとき土地や剰余金
は解散配当金として出資者(被災地の旧土地所有者)に全額キャッシュバックせ
ず、主要な資産を株式会社に移して、株式を出資者に配当金することもできる。
 復興が終わるまでに、被災地の旧土地所有者が手にできる財産は、移転先の土地
と住宅、復興会社の配当金、そして復興された被災地の大半の資産を保有する会社
の株式である。このように国有地化より流動化の方がずっとスマートである。復興
会社はさまざまな金融手法を組み合わせて潤沢な資金を手にし、迅速な復興を実現
し、被災者の財産を何倍にも膨らませることができるのである。
 もちろん高度な金融手法を用いてレバレッジを効かせれば、デフォルトリスクも
高くなる。復興会社が経営破たんすれば、自治体が連鎖的に破たんすることもあり
える。それよりもすべてを国の事業に任せてしまったほうが安全ではある。だがリ
スクなき復興なんて虫のよい考えでいいだろうか。
 流動化とレベニュー債の組み合わせは、現行法の枠組みの中でできる。新たな立
法は必要なく、お膳立てはできている。やる気次第なのだ。
 政府はリスクのない安全パイしか出せずにもたもたしている。このままだと資本
も人材もどんどん東北地方から逃げ出し、復興が生み出せるはずのビジネスチャン
スがどんどん失われていく。
 復興は勝ち抜けゲームである。東北地方の被災地のすべてが被災前の賑わいを取
り戻すことはありえない。被災前より発展する地域と、被災前の姿に戻ることなく
衰退していく地域に必ず二極化することになるのだ。早く復興すればするほどチャ
ンスが大きくなる。国をあてにせずリスクを取って先手を打った地域が繁栄し、国
の支援に頼って自力では何もしなかった地域は座して死を待つ結果になるだろう。



 時間もお金も足らないというのに、政府なかんずく財務省は、どうして国内の資
金だけで間に合わせようとして、世界から復興資金を集めようとしないのだろう
か。なけなしのお金で、住宅地の高台移転だけやって終わりにしたら、津波に沈没
しない町になっても、経済が沈没してしまう。
 世界の金融資産は日本のGDPの百倍ある。その千分の一を集めるだけで50兆
円になるのだ。世界中からお金を集めるには、投資が投資を呼ぶような画期的な復
興ビジョンがないとだめだ。そういう点では国の復興構想会議の答申なんてク*
だ。あんなお粗末なビジョンではとてもじゃないが世界から投資を呼び込めない。
アメリカのヘッジファンドや年金基金、ロシアや中東産油国、アジア新興国の投資
家の心を動かすようなビジョンじゃないとだめなのだ。
 世界中からお金を集めることになれば、政府は被災者に対してではなく、世界中
の投資家に対して復興を約束しなければならなくなる。今の政府にそんな国際公約
をする度胸があるだろうか。だが、世界をあっと言わせる魅力的な東北地方を誕生
させると約束できないような政府に存在理由はない。世界の資金を動かせるかどう
かが、復興ビジョンの試金石となるのである。
 もしも政府にそれができないなら、悔しいけれどゴールドマン・サックスに第二の
財務省になってもらって、東北地方を日本でもっとも投資価値の高い地域として自
力復興させると、世界の投資家に向かって約束してもらわなければならない。これ
は過大な期待というべきなのだろうか。
渋柿庵主人
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