I-Method

渋柿庵日乗 七


失敗した有料バイパス(下)

2010年1月20日
 ちょっと多忙で、続きをお話しするのが遅れてしまいました。
 昨年暮れに民主党政権が行った事業仕分け風に、このバイパス事業の仕分けをしたなら、結果は明らかだ。バイパス料金所は閉鎖である。たった50〜60台の利用者のために、いつ出店するかわからないアウトレットモールを待ち続けて、赤字を積み上げるわけにはいかない。国土交通省を説得して補助金を返還せずに無料開放するという政治的判断はありえる。しかし、必要のない道路に維持管理費をかけるより、むしろ道路自体も封鎖してしまうのが民主党流の政治的判断かもしれない。
 事業仕分けは、事業の継続か、中止・廃止か、他機関や民間への移管・委託かの選別をするもので、起死回生の逆転ホームランは狙わない。行政の仕事にそんな奇跡の逆転劇はありえないと、最初から決めつけている。(そうじゃないと反論するのも難しいが)

 さて、この問題、民間ならどうするだろうか。民間でも、閉鎖が一番いいという結論になる可能性は高い。ただ閉鎖するだけではなく、売れる施設や土地は売って、少しでも元手を回収しようということになるかもしれない。元手があれば別の事業でリベンジできる。それが民間の発想だ。



 あまりひっぱってもいけないから、会議での私の発言を、事例研究風に紹介しよう。
 会議も残り30分となり、風邪薬の催眠作用も薄れてきたので、資料をざっと見直した。通勤利用者のアンケートでは、50%もの人が一度もバイパスを使っていなかった。だが、逆に50%もの人が一度は使ったことがあるという見方もできる。しかも、週に2回という中途半端な頻度ながら、継続して使っている人が多い。ということは、この道路はそれなりに利用価値があるということだ。たぶん、既存の国道は交差点が多く、朝の通勤時間帯はそれなりに渋滞しているのだろう。
 アンケート調査結果からは、通勤利用者が日和見でバイパスを利用していることがわかる。渋滞しているときにはバイパスを使い、すいているときは一般道を行く。だが、この予想は外れることがある。高架のバイパスからは一般道の渋滞が見下ろせるが、一般道からバイパスは見えない。バイパスと使ったときに一般道の渋滞が見えないと100円損したと思い、渋滞していると100円は安かったと思うだろう。一般道を選択したときに渋滞していたら、100円けちらなければよかったと後悔するだろう。これを毎朝続けるのは、案外大きなストレスになっているはずだ。使ったり使わなかったりの日和見の結果、週2回という中途半端な利用度の人が多くなっているようだ。

 「無差別の割引料金はやめて、そのかわりに1ヵ月乗り放題で1000円のパスを発売してみませんか」
 これが私の発言だった。ちょっと会議場がざわついた。大半の出席者が好奇の目でこっちを見ている。
 「通勤利用者数は5000台の80%の4000台、その半分の2000台はバイパスを一度も利用したことがなく、2000台は日和見で使ったり使わなかったりしている。この日和見の2000台をターゲットにパスを販売すれば、確実にヒットします。
 1000円定額パスは、月10回の利用なら現在の割引料金100円と同じですが、月に20回利用すれば、一回50円。現在の割引料金のさらに半分の割引になり、とても魅力的な価格設定です。
 しかも、乗り放題パスというのは、限界費用がゼロになった、つまりタダになったという錯覚をもたらし、利用者は過剰消費します。これは食べ放題のバイキング、パケット通信し放題と同じ心理です。
 2000台の日和見の通勤車両の80%の人がこのパスを買うと考えても、けっして強気の予想ではないでしょう。
 1000円パスが1ヵ月に1800枚売れれば、180万円の収入です。これで料金所の費用は十分捻出できます。このパスの価格設定はとても魅力的なので、これまで一度もバイパスを利用したことがない2000台の何割かの人も、新たに利用者としてとりこめるかもしれません。
 かりにパス利用者が2000台になったとすれば、この2000台はほぼ毎朝バイパスを利用します。50台に対しては40倍、計画の500台に対しても4倍の利用度になります。一般道が渋滞しているときには、割引なしの200円でも利用者はいますから、渋滞緩和というバイパス本来の目的も損ないません。ときどき渋滞してくれると、パスの購入者が増えるでしょう」



 これが模範解答かどうかは知らない。
 ただ、お役所の会議だって、こういう発言がされることも実際にあるということを知ってもらいたかった。
 「石渡さんは特別だよ」って。
 そうではない。たまたまマーケティング論を勉強していたから、その知識を使ってみたまでだ。誰をターゲットに有料バイパスを売り込むか、どうやってこのターゲットに絞り込んだ価格の差別化をするか。そして一番重要なポイントは、売り手の側の問題を解決するのではなく、買い手の側の問題を解決すること。この問題の場合には、どうして通勤利用者は日和見で有料バイパスを使っているのか。それが利用者にとって最適の状態なのか。この利用者側の問題を解決してあげられれば、消費は爆発的に拡大する。
 これはまさにマーケティング論の問題、売り方の問題だ。商品の仕様は何も変わっていない。
 知識は使えば智恵になる。無意味に見えた配布資料の中に、マーケティング論的なアプローチをすれば役に立つデータがちゃんとそろっていたのだ。
 座長の教授は、私の発言が終わると、暗かった表情をいくらか明るくして、「次回までに、いまの提案を検討しておいてください」と、会議をしめくくった。

 これは、マーケティング論の教科書から抜粋してきた、できすぎのエピソードではない。私が先日の会議で発言したことを脚色したほんとうにあった話なのだ。



 私が事業仕分けを否定しているとは思わないでいただきたい。事業仕分けは、とても画期的なアイディアで、これからどんどん行政の現場に取り入れていくべきだと思う。ただ、去年の民主党の仕分けは、担当者が舞い上がっていたというか、のぼせあがっていたというか、すでにメディアに叩かれているように、ちょっと疑問もあった。おそらくアドレナリンかドーパミンか何かわからないが、脳内麻薬が出すぎていたのだろう。

 今月末には、事業仕分けで一世を風靡しているシンクタンク「構想の日本」のパーティがある。数年前に月例会の演者を務めて以来の縁で招待状が届いた。どんな話を加藤代表がされるのか、とてもたのしみにしている。その様子は、また報告できるかもしれない。

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渋柿庵主人