I-Method
よだかの星 |
2010年10月5日 |
9月29日、仙台市のイズミティ21で開催された宮城県環境事業公社の環境シ ンポジウムに参加し、JAXA(宇宙航空研究開発機構)宇宙探査工学研究系教授 久保田孝氏の「小惑星探査機「はやぶさ」七年間の旅の軌跡」という講演を聞い た。 「グーグルに何々何々何々と入れてリターンすると最初に何々と出る」というフ レーズを最近よく聞くが、グーグルで「小惑星」と入れたとたん、まだリターンし ないうちから「小惑星いとかわ」という検索候補が一番上に出る。 はやぶさが軟着陸し、地球に帰還したことで、「いとかわ」は世界一検索数の多 い小惑星になってしまったからだ。 はやぶさが7年の奇跡の旅を続け、ついにサンプルの入ったカプセルを地球に届 けるというミッションを果たし、力尽きる前の最期の力でカメラを必死に地球に向 けようとしながら、流星となって夜空に消えた感動的な結末は、永く語り継がれて いくだろう。(一緒に講演を聞いた住重の高橋氏が、はやぶさが流星となって消え る最期の姿が、まるで「よだかの星」のようだったと評していた。) 感動的な話とは別に、ちくりと痛かった話を二つだけ紹介したい。 久保田氏は民主党の事業仕分けで「世界一になることが必要なのか」とスーパー コンピュータの予算をカットしようとした政治家の写真までスライドに出して、 「世界一になることは、次につなげるために必要だ」と力説していた。 オリンピックで100メートルをあと0.01秒早く走ることにどんな意味があ るかと聞かれたら、理由はさまざまだろうが、意味があると答える人が多いだろ う。 スパコンの計算速度で世界一になることが必要だったのかは確かに検証が必要だ し、民主党の事業仕分けがまるで見当はずれだったとは思わない。しかし、日本が IT産業の先端を走りたいなら、世界一にチャレンジなければなにもチャンレジし ないのと同じだ。 NASAは、はやぶさに一番を奪われまいと、アステロイドベルトを通過するは ずだった探査機のミッションを変更し、小惑星に強引に着陸(氏いわくブラインド ハードランディング)させてだめにしてしまった。しかし、はやぶさはNASAを さしおいて、地球圏外(月軌道外)の天体に着陸してから地球に帰還するという世 界初のミッションを成功させてしまった。プライドの高いNASAは、それを無視 しようとしているが、事実は動かない。 世界一にチャレンジするからこそ、次のチャレンジがあり、進歩がある。はやぶ さの成功が、日本にとってもNASAにとっても、次のチャレンジへの刺激となっ ていくのだ。 もう一つ印象に残ったのは、地味なことだが、はやぶさのスタッフの年齢だ。 飛行期間だけで7年(計画は5年だった)、準備期間を含めると20年かかった ミッションを成功させるために、あえて30代の若いスタッフをそろえた。そのた めほとんどのスタッフが最初から最後までミッションにかかわることができ、それ がトラブルを解決する力になったという。 イオンエンジンを4つとも失ったはやぶさが地球に帰ることができたのは、壊れ たエンジンの残った機能を組み合わせて一つのエンジンとして働かせることができ るコンデンサが入っていたことだったという。それは設計にはなかった余計な裏回 路だったのだが、エンジニアが内緒で入れておいたのだという。 逆に小惑星表面にタッチ&ゴーする瞬間にサンプルを採取するための弾丸が発射 されなかったのは、暴発を防止するソフトが働いてしまったからだろうという。こ っちは余計なソフトが裏目に出たのかもしれない。 仙台での感動的な講演の余韻もさめやらぬうちに、新幹線に飛び乗って、もう一 つ、環境経営・ビジネストレンド研究会で、本田技研工業環境安全企画室長篠原道 雄氏の「ホンダのエコカーへの取り組みと今後のビジョン」という講演を聞くため に、高橋氏と一緒に都心にトンボ帰りした。 宇宙船の話を聞いた後の自動車の話だったが、エンジニア出身の方らしく、ホン ダが開発しているエコカーの技術的な特徴をわかりやすく解説された。あんまりわ かりやすいので、簡単すぎるようにも聞こえてしまったが、一つ一つの技術の信頼 性を世界一の水準に高めながら、ユーザーに提供できるところまでコストを縮減し ていく苦労は、実は「はやぶさ」の比ではないだろう。 篠原氏も講演の中でチャレンジの重要性を説いていた。ホンダはチャレンジする 会社であり、進歩をやめた瞬間からあっという間にダメになると何度も力説され た。「何々した瞬間から陳腐化する」というよく聞く常套句としてではなく、チャ レンジしなくなった瞬間に会社がなくなってしまうというくらい強いメッセージで あることが伝わってきた。 ホンダは伸縮自在の会社で、景気のいいときにはF1で連続優勝したり、世界初 の完全二足歩行ロボットを開発して驚かせたりする。景気が悪くなるや贅肉をすべ て削ぎ落として本業に集中する。今はもちろん最悪に厳しい時期で、エコカー以外 の話題は何もなかった。 期せずしてお二人のお話は、一番になるためのチャレンジで共通していた。二番 では誰もついてこない。一番だけが世界に目標を提示できるのだ。 自分はチャレンジしているだろうか。一番を走ろうとしているだろうか。自分の 会社はどうだろうか。 一番になるためにチャレンジし、力あるかぎり上昇を続け、よだかの星となって 燃え尽きるなら本望だ。 しかし、そうするために、もう一つ重要なことは、チャレンジするテーマを間違 えないことだ。テーマさえ間違っていなければ、誰だって一番にチャレンジできる はずなのだ。 先頭のページ 前のページ 次のページ 末尾のページ |
渋柿庵主人 |