I-Method

渋柿庵日乗 五五


オーバースペックの罠

2010年11月6日
 前回の記事と期日が前後してしまったが、11月29日(金)に環境経営・ビジ
ネストレンド研究会の例会に参加し、東京海洋大学准教授の亀谷茂樹氏から「マイ
ナス25%の具体的方策〜建物エネルギー消費の実態と削減の可能性〜」というお
話を聞いた。
 さまざまな分野の対策を総合したポリシーミックスでCO2マイナス25%を実
現しようという話には、いささかうんざりしていたので、またそんな話だったらど
うしようかと、心配していた。ポリシーミックスと言えばかっこいいが、他人が作
ったデータをお勉強してつなぎ合わせただけの官僚的なパッチワークに何の魅力も
ないからだ。しかし、亀谷氏は私の杞憂をよそに、建物エネルギーに限定して実証
データに基づいた徹頭徹尾科学的(というか科学者的)な論証を展開された。



 せっかく効率のよいエアコンを開発しても、建築主からエアコンが利かないとい
う苦情がきては困るために、必要以上にオーバースペックの設備(たとえば1平方
メートルあたり200ワットといった過大な設計)をしてしまう。そのために、せ
っかくの高性能エアコンなのに、効率の悪い20%くらいの負荷のところでしか使
わないことになってしまう。小さな出力で大きなものを回しているのだから、エネ
ルギーが余計に必要になる。これが建物エネルギーの無駄になる。空調、変圧器、
照明などの機器がすべて最高効率で使用されるように設計した建物での実証試験
で、エネルギー消費が半分になったというお話が印象的だった。
 ただし、そうなると、真夏や真冬にはメインの空調だけでは足らないので、補助
の空調が必要になる。それでも足らない猛暑日には我慢するしかないと、冗談では
なく、かなり本気で言っていた。
 最新のオフィスビルやホテルで空調が利かないということはないだろうが、私が
勤務する千葉県庁は空調の利きがひどく悪い。今年の夏は猛暑で扇風機が手放せな
かったし、真冬になれば足元にストーブを置いている職員もいる。まさに亀谷氏の
理想の省エネビルなのかと思いきや、そうではなくて単に機器が古くて効率が悪い
だけなのだろう。最新式の空調に更新したほうがきっと省エネになるに違いない。



 建物で実施できるさまざまな省エネ対策の効果を誰でも簡単にシミュレーション
できるエクセルの表も配られたが、これがおもしろかった。
 屋根には太陽電池、キッチンにはヒートポンプ、庭には風力発電、壁は外断熱、
窓は二重窓、床は温水暖房、車庫にはプリウスといった具合に、あれもつけてこれ
もつけて、これでエコな住宅の理想を実現しましたと自慢している人が、この研究
会にも何人か招かれたことがある。そのなかには霞ヶ関の高級官僚もいた。
 しかし、亀谷氏が配った省エネシミュレーション表を見てみると、そうした機器
を無闇に導入するのは愚の骨頂で、コストばかりかかって効果が低い。全部入れた
ら何百万、何千万となってしまい、とてもじゃないが元がとれない。くだんの官僚
のご自宅の省エネ機器も総額2千万円かかったと言っていた。
 ところがありきたりの機器でも、その本来の性能を発揮できるように負荷を最適
にコントロールするという亀谷氏推奨の手法を使うなら、コストはほとんどかから
ずに、太陽電池なんかつけるよりずっと大きな省エネ効果が得られる。簡単に言う
と、屋根に太陽電池を乗せたり、燃料電池で自家発電したりしてエアコンを回すの
ではなく、エアコンを小さいものにして高負荷運転させればいいということなの
だ。
 考えてみればこれはあたり前のことで、プリウスやインサイトのようなエコカー
だって、1人で乗ったら負荷は20%(定員に対して)でしかなく、もったいない
い。別にエコカーじゃなくても定員の5人で乗れば、負荷は100%で、1人当た
りの移動エネルギーはずっと小さくなる。機器の定格性能よりも、その機器をどう
やって最高効率の状態で使うかが重要だというわけである。世の中に出回っている
せっかくのエコ技術も、科学的知識のない人が使えば、殿がご満悦するだけの見栄
の技術にすぎなくなってしまうのだ。久々に科学的にすっきりした目からウロコの
話が聴けた気がしてうれしかった。
 そういえば高性能焼却炉を補助金で建てたのはいいが、ハイスペックのつもりが
オーバースペックになってしまい、ゴミが足らないために重油を足して燃やしてい
る自治体があったような気がする。

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渋柿庵主人