I-Method
狙われた道路 |
2010年11月30日 |
毎日新聞社の週刊エコノミスト12月7日号(11月29日発売)が、地方財政 危機を特集している。地方財政に関心がある人には必読だと思う。 どの記事も興味深いが、ここでは36ページの「青森県のレベニュー債は自治体 の救世主となるか」という金山隆一記者の記事を取り上げたい。結論から言えば、 救世主どころか悪魔となるだろうと思う。 レベニュー債は、自治体事業のうち、水道事業など安定した収益の上がる事業に ついて、この収益力を担保として発行される地方債である。償還財源が税金ではな いため、通常の地方債のように財政上の制約を受けずに発行でき、アメリカの自治 体で普及した起債方法である。日本ではまだ発行例がなく、青森県が第一号を狙っ ている。 しかし、記事によると、青森県が考えていることは恐ろしい。今月で30年の有 料期間を終えた「みちのく有料道路」の130億円の未償還債務の飛ばしのトリッ ク(ヤミ起債)として、レベニュー債を検討しているようなのだ。 債務飛ばしのトリックは複雑だ。 まず、地方道路公社の有料道路について定めている道路整備特別措置法では認め られていない、未償還債務の返済のための有料期間延長を県議会で議決し、国土交 通省の地方道路整備局に例外として認めさせた。 次に、資産流動化法による特別目的会社(SPC)を設立し、有料道路の地上権 をSPCに72億円で譲渡し、譲渡代金で道路公社の有利子負債72億円を銀行に 一括返済するつもりのようだ。これができれば道路公社に対する県の債務保証の履 行を免れることになる。(これが債務飛ばしだ。) SPCは有料道路の地上権を担保として、レベニュー債を発行する。市場公募は 県の財務アドバイザーとして指名されているゴールドマン・サックスが幹事となる 予定だ。レベニュー債には県の債務保証がついていないため、通常の地方債より高 利回りだが、事実上は県の裏保証がついているとみなされるため、証券市場では有 利に販売できることが見込まれる。 レベニュー債を発行したSPCは、地上権を道路公社に貸し付け、貸し付け料を レベニュー債の元利払い金に充てる。 いったん財産を譲渡しておいて、それを賃貸借して債務返済に充てていく手法 は、民間では譲渡担保と呼ばれるトリックだ。しかし、道路法4条では道路の私権 は行使できないとされており、SPCに譲渡した地上権を道路公社に貸し付けるこ とは道路法違反になる。 このスキームは結局、県の債務保証がついた道路公社の債務を、県の債務保証が つかない(実質裏保証は付いている)レベニュー債に借り換えただけである。つま りヤミ起債である。しかも道路法違反となる地上権の譲渡担保や、地方財政法違反 となる県の裏保証というおまけまでついている。それで金利が下がるのならまだし もだが、金利は高くなり、ゴールドマン・サックスに0.3%前後の発行手数料を 支払う必要も生じる。やはりトリックには無駄なコストがかかるのである。 さらに驚いたことに、記事によると、このみちのく有料道路の沿線で、220億 円の負債を抱えて民事再生法を申請した古牧温泉(現在は青森屋と改称)を、ゴー ルドマン・サックスが0円落札し、経営再建中ということである。ゴールドマン・ サックスの狙いはレベニュー債の発行手数料だけではなく、債務飛ばしで捻出した 財源で県に道路を全線開通させ、古牧温泉の資産価値を上昇させることにあったよ うなのである。そのためそもそもレベニュー債の導入を検討した県の有料道路経営 改革推進会議の委員の人選の段階から、ゴールドマン・サックスの息がかかってい たのではないかという疑惑すらもたれている。このスキームが最初から仕組まれた 出来レースだったとすれば、まさに「狙われた道路」である。 しかし、真に恐ろしいのは、ゴールドマン・サックスが、このトリックを全国の 地方道路公社に売り込もうとしていることである。 このスキームは債務の飛ばしだから、借金が消えるわけではなく、県の債務保証 も消えるわけではない。地上権の譲渡担保とレベニュー債という二重のトリックに よって、借金が見えにくくなっているだけである。 しかも、道路整備措置法では無料開放しなければならない時期なのに、有料期間 を10年以上も延長するということは、つけを県民に回しているだけなのである。 レべニュー債という発想には優れた面もあり、自治体の財源確保の一つの方法と して活用していけばいいと思うが、願わくばこんなトリックボンドが、日本のレべ ニュー債の第一号になってほしくないものである。 こんなトリックを許していたら、そのうち東京のランドマークとなっている都庁 舎だってゴールドマン・サックスの手に落ちてしまうのではないだろうか。都庁舎 の土地と建物をSPCに移してレベニュー債を発行し、SPCが都に庁舎をリース バックすることにすれば、都は一時的に数千億円のキャッシュを手にすることがで きるわけだ。都庁舎は無理としても、きっとどこかの市役所でほんとにこんなスキ ームが実現し、うかうかしていると日本の自治体がアメリカの証券会社や投資銀 行、不動産投資会社の草刈場になってしまいそうな気がする。 先頭のページ 前のページ 次のページ 末尾のページ |
渋柿庵主人 |