I-Method

渋柿庵日乗 五三


営業対策会議

2010年10月17日
 家族のことはあまり書かないことにしているが、今回は家族の話だ。といって
も、家庭的な話ではない。
 最近、妻が、社内ベンチャー的なインターネットサイトの運営を任された。中国
語サイトなので、サイトの制作とサーバの管理は上海のスタッフが行い、東京のス
タッフは広告掲載営業を行っている。妻は本来デザイナーなので、営業先の広告デ
ザインカンプの制作などはお手の物だが、営業は初体験である。
 そのため、帰宅後の時間はほぼ毎日が営業対策会議になっている。
 私のアドバイスはいつも同じだ。「その提案は会社の都合で行っているのか、そ
れとも顧客の都合で行っているのか」だ。
 たとえば、広告掲載期間の設定を長くするように社長に指示されたが、どうしよ
うかと相談を受けた。
 「期間を長くするのは会社の都合か顧客の都合か」
 「会社の都合」と妻は即座に答えた。
 「だったら、社長の指示は無視して、顧客の都合に合わせて広告掲載期間を短く
設定したほうがいい」
 妻は私のアドバイスに従った。ただし、1年契約の顧客には2か月無料という大
幅な割引をつけた。
 これもやりすぎだと社内の反対にあったが、顧客のためだと押しとおした。

 サイト立ち上げ時に無料キャンペーンで獲得した広告を有料に切り替えなければ
ならなくなった。
 妻は「サイト運営費がかさんだため無料掲載の継続がむずかしくなった」と説明
したいと言った。
 私のアドバイスはいつも同じである。
 「運営費がかさむというのは会社の都合か、顧客の都合か」
 もちろん会社の都合だったので、そんな説明ではダメだと言った。
 妻は無料掲載を継続することにした上で、1ページの広告を2ページにバージョ
ンアップする場合には、1ページだけの広告料でいいとする無料掲載顧客向けバー
ジョンアップキャンペーンを追加した。
 これなら顧客の都合に合わせたことになるので、私は賛成したが、社内的にはま
たまたやりすぎという批判を受けたようだった。
 「会社の都合で発想している人の意見を聞く必要はない」と、私は妻をはげまし
た。

 顧客満足度経営なんていう陳腐な言葉は、私たちの会議では使っていない。
 「決して会社の都合で提案してはいけない。それは提案ですらない。常に顧客の
都合で提案すること」
 バカの一つ覚えのように、これを毎日繰り返し確認し、営業トークの一語一語を
この観点でチェックしている。
 「もしかして今日使ったあの言葉、会社の都合で言ったかもしれない」そんな反
省がたびたび出る。
 これが自宅での営業対策会議である。



 しかし、もちろん、営業にとって一番大事なのはトークではなく、ゆるぎないマ
ーケティングへの確信である。
 社長はメジャーなブランドから高額の広告を取りたいようだが、妻は社長の希望
的な方針に逆らって、ニッチなブランドをある確信をもって狙っている。
 だから、今年立ち上がったばかりのニューブランドや、今年新規開店したばかり
の路面店などの営業に行く。都内に1店舗しかないようなブランドに請求できる広
告料は少額だが、まだ中国の他のメディアがどこも営業に行っていないブランドな
ら、妻のサイトがオンリーワンになれるし、いずれメジャーなブランドになるかも
しれない。
 まず自分がそのブランドのファンになること、それが妻の営業のモットーで、徹
底的にブランドを調査し、中国での評判も確認し、自腹で商品を購入し、それから
やっと飛び込み営業に行く。しかし、実は飛び込むまでのリサーチに時間をかけて
いる。そして、そのブランドを勝負服として身につけてプレスの担当者に面会す
る。いちいち身銭を切っていたら個人的な収支は赤字なのだが、将来のための投資
だと割り切っているようだ。
 
 営業初心者の妻の営業はおおむね好評のようである。



 妻の仕事にはえらそうに口をはさむくせに、私自身は営業経験なんてないお役人
である。
 それどころか、お役所というのは、自分の都合しか言わないところである。お役
所の都合の第1位は「予算がない」、第2位は「担当していない」、第3位は「法
律だから」である。つまり予算、組織、法律である。
 この3つの都合(というか金科玉条)を出さずに問題を解決するのは、かなりの
至難である。それでもチャレンジする甲斐はある。
 最近のテレビをみると、なぜか申し合わせたようにどのチャンネルも刑事ドラマ
ばかりだが、ドラマというものはいつでも予算、組織、法律の枠組から外れたとこ
ろで成立する。枠から食み出せなければドラマはない。

 妻のサイトのアドレスは秘密ですが、お問合せがあれば内緒でお教えします。

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渋柿庵主人