I-Method

渋柿庵日乗 五八


スマートロード

2010年12月5日
 このところ、EV(電気自動車)が話題になることが多い。
 理由は簡単で、日産からリーフが発売されるからだ。これまで量産EVは三菱の
アイミーブ(i−MiEV)だけだったので、いよいよ本格的なEV時代の到来が
予感される。トヨタとホンダも2年以内のEV発売を準備している。トヨタはそれ
までのつなぎに、プリウスをpHV(プライグイン・ハイブリッドカー)にする。
現状の日本の道路インフラを考えれば、pHVは最良の選択だが、エンジンとモー
ターを両方積むので価格的には高くなるし、資源も無駄になる。
 それにしても民主党政権からも国土交通省からも、EVに対応したインフラ政策
が何も出て来ないのが不思議だ。子供手当、農家所得補償、高速道路無料化といっ
た政権奪取時の大盤振る舞いの公約の財源確保にやっきで、既存の公共事業の予算
にも汲々しているのに、新しいインフラ整備のことなど話題にするのもはばかられ
るというのだろうか。
 JH各社のすべてのSA・PAに高速充電器を一斉に設置するくらいのことは、
誰でも思いつきそうな政策だが、自治体単位の取り組みしかなく、国の政策になっ
ていない。
 量産EVを発売するのが業界2位の日産と7位の三菱ではなく、業界トップのト
ヨタだったら、当然国の政策にするよう強い圧力がかかったことだろうが、トヨタ
とホンダがEVに本格参入するまで、国としてはわざとインフラ整備を遅らせて、
EVよりHV(プリウス、インサイトなど)のアドバンテージを大きいままにしてお
こうという意図すら感じる。



 国の動きは鈍いが、自治体の中にはEVブームにあやかろうというところが出て
いる。エンジン開発という高いハードルのないEVは町工場でも開発できるため、
世界中でEVベンチャーが起業されている。日本は安全基準が面倒くさい国なの
で、世界の潮流に乗り遅れているが、それでもEV開発に名乗りをあげる町工場が
ぼつぼつ出ている。愛媛県は県内のEVベンチャーを支援して県の主要産業に育て
ようとしている。予算規模こそ小さいが、専門のエンジニアを県職員に中途採用す
るなど、かなり本気モードだ。
 全国にたった260台しか設置されていない急速充電器の大半は都内の駐車場や
ショッピングセンターにある。都はこれを増やそうと急速充電器の設置補助事業を
今年から始めた。しかし、1基1千万円と言われる設置費に対して、補助額は一事
業者一基限定で上限85万円だ。
 急速充電器に対する規制緩和の必要性は70年代の第一次EVブーム、90年代
の第二次EVブームの時にも言われてきた。ところが結果的にはほとんどなんら規
制緩和はなかった。現在ある急速充電器はほとんどが第二次ブームのときの遺産で
ある。急速充電器を設置するには、変電設備として厳しい規制を受ける。電気を小
売することは電気事業法で認められないので、現在ある充電設備はすべて無料だ。
したがって、ビジネスとしての採算性がないため、急速充電器を設置しようという
ガソリンスタンド(GS)はない。それどころか東京都の補助事業では5年間の無
料開放を義務付けている。
 家庭でEVを充電する場合、100V電源を変圧せずに使えば設備投資が最小に
抑えられるが、充電時間は一晩かかる。200Vなら充電時間は理論的に半分にな
るが、家庭用200Vのインフラ整備も世界の先進国の中で一番遅れている。10
0Vだとエアコンなどパワーが必要な機器の効率が悪い。
 道路、エネルギー、環境のどれを考えても、日本ほどEVに適した国はないの
に、第一次、第二次EVブームの失敗から国の政策は何も学んでいない。EV製造
技術や電池製造技術だけが世界一になったが、日本にはEVインフラがないので、
せっかく優れたEVを作っても走れる道路がない。アイミーブにしても、リーフに
しても、市場として考えているのはEUやカリフォルニアだ。たとえばアイミーブ
はプジョーからiON、シトロエンからC−ZEROとして売り出される。



 批判ばかりしても意味がないので、EVが走る道路として「スマートロード」を
提唱したい。今日現在、グーグルでこの言葉を検索しても何も出ないので、もしか
したら、これは私の造語となるかもしれない。
 私が考えているスマートロードの基本要件は3つある。
 第一は当然のことながら急速充電器の設置だ。少なくとも30kmに1ヶ所は設置
したい。これはそんなに大変なことではない。たとえば千葉県が管理している国
道・県道の総延長は3000kmなので、とりあえず100か所でいい。1基1千万
円として10億円だ。ばかげた変電設備の規制などかけないように規制緩和すれば
設備も手続きも簡素になってコストはもっと下がる。電気事業法の規制を緩和して
電気の小売ができるようにすればEV充電ビジネスに名乗りを上げるGSチェーン
も出てくるだだろう。コンビニやコーヒーチェーンとコラボしているGSなら、充
電料金は100円でも、充電を待つ時間に別の形で稼げる。これは機内販売で儲け
ている格安航空会社と同じ発想だ。ガソリン車やディーゼル車だと3千円かかる給
油が、EVならワンコイン(100円)、浮いたお金で充電時間にショッピングや
コーヒーブレイク。これはかなりスマートな(賢くてかっこいい)ライフスタイル
だ。とにかく現状のような無料前提の充電器ではビジネスモデルを作れない。



 第二はスマートフォンとの連携だ。これはアップルやグーグルが本気で研究して
いる。現在、車載カーナビに持たせている機能のほとんどをスマートフォンに持た
せ、車にスマートフォンをセットするだけで、地図情報はもちろん、交通情報、周
辺の観光情報やショッピング情報、さらに車のメンテナンス情報などを、クラウド
コンピューティングによって提供しようというものだ。技術的にはスマートフォン
による自動運転や遠隔運転も可能である。車載カーナビとの違いは、クラウドコン
ピューティングとスマートフォンが提供するプラットフォームのほうが格段にコス
トが安いこと、複数の車で情報が容易に共有できることである。たとえばどの車に
スマートフォンを挿しても、取引先位置情報が表示されれば営業車として便利であ
るし、レンタカーにプライベートな情報を持ち込めれば、いちいち車載カーナビに
情報を入れなおさずにすむ。
 これを実現するには、道路に複合的な情報発信機能を持たせるスマート化が不可
欠である。(財)道路交通情報システムセンターが最先端だと誇っているVICS
情報の1000倍の情報でもまだ足らない。VICS情報のかなりの部分は警察や
自治体のオペレータが手入力するアナログ情報に頼っていて、内実はリアルタイム
情報と言えるような代物ではないし、グーグルが展開している最先端のコンピュー
ティングに比べたら何世代も前の発想のシステムである。(ちなみに日本のITメ
ーカーはまだどこもコンテナ型データセンターを備えた本物のクラウドコンピュー
ティングシステムを構築していないという。つまり日本のクラウドは実は旧来のメ
インフレームと大差ない。)



 第三は道路の無電柱化ないし無電線化だ。先進国の都市の中で日本の道路の無電
柱化が著しく遅れていることはたびたび指摘されている。電柱と電線が道路にあっ
ても、生活上に著しい不便はないし、有線放送やケーブルテレビを安価に引けると
いうメリットを言う人もいる。しかし、電柱と電線が都市景観、歴史景観、自然景
観を著しく損ねていることは確かだ。台風や地震のときに断線しやすいなど防災上
の問題もある。ただし地上にあるので復旧は容易だ。
 国土交通省は細々としたアリバイ予算は付けているものの、本気でこの問題を解
決する気がない。平成21年度から施行されている「無電柱化に係るガイドライ
ン」も驚くほど薄っぺらで、たった3ページしかなく、これでは中学生の夏休みの
作文以下のレベルだ。自治体も現状の予算では駅前通りや県庁前通りを無電柱化す
るのが精一杯だ。
 無電柱化は、共同溝方式で行われている。もともと地中にあるガス管や水道管ま
で共同溝に入れると莫大な予算が必要になって、1万年かけても終わらない。そこ
で駅前通りなどでは電線と電話線だけを共同溝にするCCBOX方式が主流になっ
ているが、それでも1km5億円という信じられない予算がかかる。千葉県管理の国
道・県道3000kmでは総額1兆5千億円という予算になる。これは千葉県の一般
会計予算を超えている。国管理の国道や市町村道も入れたら、千葉県の無電柱化だ
けで国家予算を超えるかもしれない。
 電線共同溝が高価なのは地中の電線部分ではなく、地上のトランス部分である。
なぜかトランスは地中化しないという基準があるため、トランスは歩道上に設ける
が、剥き出しの柱上トランスに比べると、保安上の理由でコストが格段に高い。歩
道がない旧市街地の道路では地上トランスのために新規の用地買収まで必要にな
る。
 柱上トランスのある電柱は街路灯兼用としてそのまま残して、共同溝を作らずに
電線だけを被覆して歩道や側溝に敷設するのが格段に安い施工法であるが、こんな
中途半端なやり方を完全主義の国交省は認めない。補助金がつかない単独予算にな
るので自治体も採用しない。(石川県方式という側溝埋設工法もあるにはある。)
そこでばか高い予算で電線共同溝を作るのだが、地中化のペースより、電柱がさら
に増えていくペースのほうが早い。
 電柱を立てないで、軒下配線を順次つないでいくというやり方ならもっと安価だ
が、旧市街地の建物の保全が市民の義務として常識になっているヨーロッパの古都
では可能でも、更地の評価が一番高く、マイナス価値にしかならない旧家屋がどん
どん解体されていく日本では無理だ。しかし、京都や鎌倉などの古都でなら、旧市
街地景観保全条例とセットにしてすぐにもやってもらいたい政策だ。



 なにか政策を提言するたびに、財源はどうするのかと質問する人が必ずいる。道
路維持のための財源としては道路占用料がある。現在、千葉県の電柱の道路占用料
は約10億円だ。千葉市のような政令市の料金は千葉県より3倍高いので、政令市
なみに電柱占用料を引き上げると20億円の増収になる。これを電線地中化の補助
事業に全額充当し、補助率を2分の1とすれば、40億円の工事費を確保できる。
1km5億円(1m50万円)の電線共同溝(CCBOX)だと8kmしかできないが、
1km5千万円(1m5万円)の簡易な無電線化工法を開発すれば80kmできる。10
年で800km。これでほぼ都市部の道路の無電線化は終わる。
 東京電力やNTTが占用料の値上げに反対しないかと心配する人に言いたい。も
ちろん反対するだろう。しかし、NTTの内部留保は8兆5千万円もある。都道府
県単純平均で1600億円である。20億円の占用料値上げには十分対応できるは
ずである。しかも地中化すれば現在の料金表でも電線の占用料はただ同然に安くな
るのだから、長期的にはNTTとしても投資を回収できる。



 千葉県はおそらくスマートロードのメリットの大きい県である。県内と都心との
往復距離はちょうど現在のEVの航続距離の150kmくらいだから、無充電で都心
から県内、県内から都心に行ってこれる。県内の商業施設、観光施設、GSなどに
急速充電設備が網羅されていれば、EVで走る安心感が格段に高まり、きっとマイ
カーや商用車のかなりの割合がEVになるだろう。充電設備をスマート化しておけ
ば、どこに充電器があるかではなく、どの充電器が今空いているかをスマートフォ
ンでリアルタイムに確認できる。
 いきなりすべての道路は無理でも、せめて都心や成田空港から県内の主要な商業
施設や観光施設までをスマートロード化できたらいいと思う。充電切れを心配せず
に県内の津々浦々の観光地までEVで安心して走ることができ、スマートフォンで
多彩な情報をリアルタイムに入手でき、電柱のない綺麗な景色を楽しむことができ
れば、国際空港のある日本の玄関口として、日本の魅力を外国人にも存分にアピー
ルできるだろう。現在は、それとは逆に東京だと思って成田に降りた外国人の多く
が、空港から都心までだらだら続く貧相で特徴のない街並みにびっくり(がっか
り)するらしい。
 県職員として恥ずかしいことながら、千葉県の予算もご多分に漏れず苦しい。道
路の穴凹や老朽化した橋梁の補修をするための予算にも事欠く状況で、スマートロ
ードなんて夢のまた夢である。しかし、ほんとうに予算はないのだろうか。つい最
近まで世界一の一人当たりGDPを誇っていた国の実力は、ほんとうにこんなもの
なのだろうか。急速充電器の100基くらいポンと買えないくらい貧乏国(貧乏
県)になってしまったのだろうか。そんなことはないはずだ。

 とにもかくにもEVはまちがいなく一流のビジネストレンドである。それを先取
りできない道路行政は何流になるのだろうか。

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渋柿庵主人