I-Method

渋柿庵日乗 一五


一票否決

2010年2月21日
 先週の金曜日(19日)に、「環境と経営のビジネストレンド研究会」第17期第1回例会に出席した。半年を1期とした月例会で、たぶん2期目か3期目から出席させていただいているから、もう8年くらいになる。
 私にとっては、とても大事な情報源で、ここで勉強したことを著書の中にとりいれたこともあったので、いまだに「ネタドロ」と揶揄されることもあるが、せっかくなので、このブログのためにネタドロさせていただく。

 今回は、「財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)北京事務所長」の小柳秀明氏の「中国の環境最新事情とビジネスチャンス」という講演だった。
 お話の内容については、小柳氏が4月に出されるという新著に譲るとして、中国における日本の技術の評判は、個人にかぎっては家電製品などが高性能だと人気が高いけれども、政府や企業になると、意思決定が遅いと日本は人気がないという、日々意思決定の遅さ(というかほとんど意思決定不在)に苦慮している現職の公務員として、耳が痛いお話を聞かされた。

 いちばん印象に残った言葉は、「一票否決」。
 これは、何か物事を決定したり、評価したりするとき、その一点がNGなら、全体をNGとするという意味らしい。たとえば、国連安全保障理事会では、常任理事国1国の反対で、一票否決になる。
 小柳氏のお話では、中国の環境規制が実効性を持つようになったのは、2000年の第10次5か年計画以降、地方政府の指導者・幹部の成績評価の際に、「節能減排」(省エネと硫黄酸化物規制を主軸とした環境対策)の達成状況を評価項目に加え、一票否決(環境目標が達成できなければ、地方政府幹部の全体評価をNGにすること)を導入して以来だという。
  このため、省の幹部は市の幹部にノルマを課し、市の幹部は県や大企業の幹部にノルマを課して、政府の環境目標が全国に浸透するシステムがたちまち完成したのだという。
 この社会主義的なやり方が、すべての分野ですばらしいとはいえないと思うが、環境の分野では実効をあげているようだ。環境技術先進国のつもりの日本が中国においつかれ、おいこされる日も近いのではないかと、小柳氏は話されていた。



 どうして日本の意思決定は遅いのか。これはもう何度も何度も繰りかえされてきた議論だが、省庁の縦割りがいけないというのが、10馬身リードのぶっちぎりの定説になっている。それじゃあ、地方自治体なら意思決定が早いのかというと、都道府県レベルの部局の組織は省庁編成のコピーになっているので、やっぱり縦割りである。
 ときどき、先進的な知事が現れて縦割りの組織を解体することがある。たとえば、何年くらい前だったか、福岡県庁がそんな試みをしたことがあるが、みごとに失敗した。
 都道府県の予算は自立しておらず、国の補助金にたよっている。都道府県の部局編成を省庁編成のコピーにしておかないと、県庁の1つ1つの課がすべての省庁に補助金を申請するという「とんでもない」ことになってしまうのだ。
 逆に、この補助金というのをやめると、都道府県の組織は省庁編成のコピーでなくてもよくなるわけだ。

 市町村は、省庁から距離が遠いので、組織の自由度も大きくなる。先進的な地方自治のアイディアが、まず市町村からはじまる理由のひとつはここにあるのだと思う。



 ところで、中国の一票否決は、環境目標達成の責任を地方の指導者に負わせる仕組みである。これに対して、日本では環境目標が達成できなかったからといって、環境省の幹部や知事や市長が責任をとることがありえるだろうか。
 彼我の違いはここにあるように思う。責任を分散し、誰も責任をとらない日本のシステム、それが政府でも地方自治体でも企業でも、意思決定を遅くしているいちばんの理由なのではないだろうかと、小柳氏のお話を聞きながら考えさせられたのだった。

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渋柿庵主人