I-Method

渋柿庵日乗 一六


真空中の鳩

2010年2月24日
 昼間の仕事と、夕方からの講演者や執筆者としての活動と、私の1日には2つの日がある。つまり1年が700日あるようなものだ。
 二束の草鞋を履いている公務員は少なくない。中には役所を攻撃対象にしたり、役所の内情を暴露することをライフワークにしているような人もいる。言論自由の国なのだから、一歩役所の外に出れば、守秘義務に抵触しないかぎり、どんな発言も自由だとは思うが、よくも人格が分裂しないものだと思う。

 私の場合は、仕事の中で培った不法投棄対策のノウハウを普遍化し普及しているにすぎないので、幸いにも人格が分裂してしまう心配はない。私の活動のすべては、お役所勤めの経験に負っている。それを否定すれば、私には何も残らない。
 学生時代に読んだカントの「純粋理性批判」のなかに「鳩は空中を自由に飛びまわりながらもなお空気の抵抗を感じるので、真空中ではもっと自由に飛べると思うだろう」というくだりがあったのを覚えている。私はカントの戒めを守り、自分のよって立っている経験を否定して真空中に飛行しようとは思わない。
 


 昨日(23日)、公務員活動家として有名な藤原寿和さんと二人きりで酒を飲んだ。私のほうからおさそいして、御徒町で待ち合わせたのだ。
 環境関係者で藤原さんを知らない人はいないだろう。ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議ほか、全国レベルで活動するのかずかずの市民団体の指導的な立場として活動を続けてこられた方だ。そのキャリアは私と比較するどころではない。私の1年が700日だとすれば、藤原さんの1年は1000日になるだろう。この日も鹿児島で活動され、とんぼ返りされたばかりとのことだった。

 藤原さんと私はニヤミスの連続で、お酒を飲むのは実は初めてだった。
 最初に会ったとき、藤原さんは情報公開条例で請求した産廃関係の書類の交付を受けにやってきた。私は県庁の担当だった。
 先輩から「あの人はうるさいから気をつけろよ」とアドバイスされたが、私は情報公開推進派だったので、できるかぎり伏字なしの書類を作成した。そのおかげもあって、あっさりと交付が終わった。
 「面倒な手続きをふまなくてもいい場合もありますから、見たい書類があれば私にご連絡ください」帰りがけにそう声をかけると、何か言いたげな笑みを浮かべながら、私をしみじみと見返したのを今でも覚えている。とかく市民団体にはかまえて情報を見せたがらない公務員が多い中、私の無警戒ぶりが物珍しかったのかもしれない。
 そのあともいろいろな場面でニアミスしたが、昨晩、はじめて一対一の人間としてランデブーできたわけだ。

 お互い同じ分野で活動しているので、初回とは思えないほど話は弾み、時間を忘れて大いに食べ、大いに飲んだ。
 信念のある人で、どんな冗談を言っていても、発言にブレがない。その点は、とにかく敬服する。やっぱり二足の草鞋の金メダリストだなと思った。
 「公務員試験に合格しなかったら、御前崎で魚屋になるはずだった」というカミングアウトには、ちょっと驚いた。



 藤原さんと私は、いささか主義をことにしている。私はブレの多い人間で、1つの主義に長くとどまることができない。お役所はブレないようでいて案外ブレる。だから私でも続けられているのかもしれない。
 たぶん、これまでと同じように、これからも藤原さんと一緒に活動する機会はあまりないだろうと思う。しかし、そんなに大きな距離があるわけでもないから、主義を気にせず交流を深めていきたい。
 藤原さんはもちろん、真空中の鳩ではない。自分の飛翔力の源がどこにあるか、ちゃんとわきまえて飛ばれている。これからも大きな群れを目的地へと導くリーダーとして、どこまでも高く飛び続けてほしいと思った。

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渋柿庵主人