I-Method

渋柿庵日乗 六一


予定調和神話の崩壊

2011年3月16日
 3月11日の巨大地震によって国際平和機構の文化フォーラムが中止になった。
事務局の適切な判断に敬意を表したい。
 電車が動いていないので帰宅できず、都内で地下鉄が動くのを待って行ける駅ま
で行き、その先は徒歩で帰宅し、シャワーも浴びずにすぐ県庁に出勤した。
 それ以来、一日おきの夜勤が続いている。日勤もするので夜勤の日は32時間勤
務になる。計画停電初日で電車が動かなかった月曜日は、多くの職員が県庁近くの
ホテルに泊まったが、私は90分かけて夜道を自転車で帰宅した。電車通勤では徒
歩も含めて40分の距離だが、明るければ1時間で自転車通勤できることもわかっ
た。徒歩だと5時間かかるから、災害時の自転車は必需品だ。1時間あたりの移動
距離が徒歩の5倍ということは、行動範囲が25倍になることを意味する。しかも
自転車に渋滞はなく、燃料切れもない。

 勤務時間中は常にデスクサイドにテレビニュースが流れている。最初は津波被害
の痛ましさにただ呆然としていたが、だんだん政府の無策さに怒りがこみあげてき
た。
 全財産を失い、身内の安否もわからないというのに、配給の行列に文句も言わず
に並ぶ日本人の忍耐強さは驚きだと、海外のメディアは報じているという。だが、
ほんとうに怒らなくていいのだろうか。



 最近は日に日に状況が悪化する福島原発事故の報道が増えている。
 官房長官、東電、原子力安全・保安院がたびたび記者会見を開いて、状況を説明
しているが、会見場に居る者の誰一人、現場の状況を把握しておらず、手持ちの資
料を棒読みするばかりなのには呆れ返る。彼らはこの事故の解決に対して、ほぼ何
の役割も果たしていない。
 
 私が知りたいのは、実際に原発事故現場の指揮を執っているのは誰かということ
だ。なぜなら、彼に国家の命運が委ねられているからだ。だが、現場の指揮官は誰
かという質問は会見場の記者からは出ない。現場から遠い記者クラブにつめている
記者もまた当局と同穴なのだ。
 それでも何度も何度も無意味な会見を聞いていると、わかってきたことがあっ
た。現場の指揮を執っているのは、どうやら発電所長の吉田昌郎氏らしい。これは
爆発事故が起こったとき「所長が職員に退避命令を出した」というコメントからわ
かった。
 これは驚くべきことだ。
 所長が原発事故の専門家ならいい。だが、ただ社内政治で出世したエリート社員
にすぎないとしたら、たまたま所長だったというだけで、彼に国の命運を委ねてい
いのだろうか。現場には自衛隊員もいるし、消防隊員もいる。東京消防庁のハイパ
ーレスキュー隊員も、警視庁の機動隊員も居る。だが、彼らもまた原発事故の専門
家ではありえない。

 これほどの大事故となれば、国が国内外の専門家を招集して特別対策チームを編
成し、所長からは指揮権を剥奪して、軍(日本の場合は陸上自衛隊)が情報と現場
を一元的に管理するというのが、普通の国の対応だろう。
 しかし、そのような専門家チームを政府が招集したというニュースは聞かれな
い。報じられているのは、アメリカ、ロシア、イギリスの核の専門家に支援を要請
したというだけだ。
 事故現場では、いまだに一企業である東京電力が解決にあたっている。原発を1
基でも失う事は企業として大損害だから、廃炉必至の海水注入が遅れた。東電から
の報告に頼っているので、情報伝達が遅い。
 せめて原子力安全・保安院が専門家チームに代わる役割を果たしているならいい
のだが、記者会見を聞いていてわかったことは、保安院が独自の情報源を何も持っ
ていないし、現場の対策をリードしているわけでもなく、その気も能力もないとい
うことだ。



 官房長官と保安院と東電の記者会見を何十回も聞いているうちに見えてきたの
は、吉田所長率いる発電所員と消防隊員と自衛隊員の混成チーム(おそらくは核事
故の専門家がいない素人チーム)が、原爆症になることも覚悟で、ひたすら注水を
試みているということである。
 だが、装備が不十分で注水が間に合わず、事態は悪化の一途で、メルトダウンの
危機が高まるに及び、ようやく外国の専門家に助けを求めた。裏を返せば、日本の
専門家はテレビのコメンテーターになって、誰でも知っているような一般論を解説
するくらいの役にしか立っていなかったということなのだ。

 次々と起こっている水素爆発は、専門家のサポートがあれば、防げたかもしれな
い。水素の発生は沸騰水型軽水炉の弱点で、通常の運転時にも発生する水素を吸収
する装置がついている。燃料棒が露出して高温のジルコニウムと高圧の水蒸気が接
触すれば、ジルコニウムが酸化されて大量の水素が発生し、水素爆発の危険が増す
ことは素人でもわかる。原子炉格納容器の圧力弁を開放したので、容器内の水素が
建物内に放出され、空気と混合して爆発したのだ。
 だが、現場では注水にかかりっきりで、水素爆発の危険について手を打てなかっ
たようだ。あるいは放射能を帯びた水蒸気を原則どおりに建物内に閉じ込めようと
して、水素爆発の危険を見逃したのか。
 専門家チームが設置され、現場の情報を冷静に収集して適切なサポートをしてい
れば、圧力弁を開放する前に水素を安全に逃す対策を講じ、予期しない爆発で注水
が中断されて原子炉が空焚きになってしまうことを回避できたかもしれない。

 つまり、現場任せの行き当りばったりで、この国家的危機を乗り切ろうとしてい
るのである。つまり現場を指揮している吉田所長が勇敢で天才的な指揮官だったと
いう武勇伝に国の命運を委ねるしかないのだが、その機会はもう逸したようだ。



 現場任せの行き当たりばったりは、実は奇跡の予定調和と裏腹の関係にある。
 私は今、県の道路管理の担当だから、被災した道路の復旧のために県庁に泊り込
んでいる。
 道路には、国管理、都道府県管理、市町村管理の別がある。さらに県管理の道路
にも、道路法の国道、県道のほか、農道、林道、港湾道、漁港道、地方道路公社の
有料道路などがあり、それぞれ根拠法と管理者が異なる。
 地震で道路網がずたずたになっても、道路網の全体を統括して復旧していこうと
いう仕組みはなく、それぞれの道路管理者がばらばらに復旧事業を立案していく。
災害復旧予算(国庫補助・交付金)は国土交通省と財務省が掌握することになる
が、それは結果であって、国から自治体にどの道路を先に復旧せよという指示はこ
ない。
 このバラバラで行き当たりばったりのシステムは、これまでは不思議にうまく機
能し、タイムラグはあるものの最終的にはすべての道路が復旧されてきたのであ
る。

 だが、今回の震災は予定調和を期待するにはあまりにも巨大である。東電は異例
の計画停電に踏み込んだ。これは行き当たりばったりでうまくいくという予定調和
神話が崩壊したことを意味する。
 県庁で計画停電の話を最初に聞いたとき、ライフラインは停電しないものと思っ
ていた。JRなど鉄道各社は独立した給電・変電設備を持っているので、計画停電
から除外することは容易なのだ。だから、計画停電初日の月曜日、鉄道網が全滅す
ると聞いて非常に驚いた。
 だが、もっと驚いたのは、東電の計画停電の提案に、政府(資源エネルギー庁)
が盲判を押し、ライフラインや被災地を除外するようにと指示を出さなかったこと
だ。政府はきっと行き当たりばったりの計画停電が予定調和的にうまくいくと思っ
たのだろう。
 ところが、そうはいかず、鉄道各社が全面運休を決めたため、予定調和が崩壊
し、初日は大混乱となった。しかし、2日目には鉄道に関しては予定調和が若干回
復した。
 残念ながら、母が心臓手術で入院中の病院は救命救急センター兼災害拠点病院
で、ドクターヘリ(テレビドラマの舞台となった)も配備されているにもかかわら
ず、停電して面会もできなくなった。ガソリンなどの燃料の品薄も解消しない。予
定調和神話は見事に崩壊したままだ。



 今回の震災を契機に、政府が安易な予定調和神話を捨て、強い政府になってくれ
ることを期待したいものだが、どうだろうか。
 首相や官房長官は記者会見場に立つたびに、震災復興に全力を尽くすと力強くコ
メントしている。しかし実は国から自治体への具体的な命令は何もない。見事なま
でに何もやっていない。自治体が復興予算の補助金を申請し、各省庁と財務省がこ
れを査定し承認するというシステムになんらの変更はない。
 津波で完全に廃墟となってしまった被災地は、都市計画をゼロからやりなおさな
ければならない。各自治体の各部局がばらばらに復興事業の補助金を申請していた
のでは、予定調和的にうまくいくはずがない。被災地の土地所有権の停止といった
強力な特別立法を行い、世界に誇れる町を再生してほしいのだが、きっとそうはな
らない。
 国に何も期待できないなら、自治体がやるしかない。被災地の復興は自治体(と
くに市町村)のアイディアとリーダーシップ次第で、まったく違ったものになる。
この震災の復興に全国の自治体の英知を結集してほしい。
 都道府県の果たすべき役割は、市町村のさまざまなチャレンジを支援し、国に文
句を言わせない頑強な防波堤となって、市町村を守り抜くことである。

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渋柿庵主人