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渋柿庵日乗 三六


参院選直前特集(4) 高速道路無料化について

2010年6月13日
 今回は高速道路無料化について、ちょっとまじめに検討をしてみたい。

 自民党政権が休日・夜間割引制を置き土産にしてくれた高速道路料金は、完全無料化なのか定額制なのか、民主党政権になってから議論が空回りして、結果的に自民党時代の暫定的な制度が漫然と続けられている。

 高速道路料金は他の公共料金と同様に認可制だったが、民営化後もそれは変らない。しかも基準ががっちがちで融通が利かず、割引の余地がない。基準は全国一律に1km24.6円で、公団時代と同額。かなり、驚くべき手抜きだ。
 ところが「社会実験」という名の暫定的な割引制度がさまざまある。千葉県のアクアライン800円割引も社会実験(※)である。そういえばガソリン税も田中角栄の時代からずっと「暫定」だ。まさにダブルスタンダード国家、なし崩し国家の本領発揮だ。

 料金の議論になると、やはり人間だから自分の損得を考えてしまう。平日に使う人、休日に使う人、長距離を使う人、短距離を使う人、物流業の人、小売業の人、一般の観光客、立場が異なれば意見が一致するはずもない。
 もう少し大きな高速道路の枠組みの話になると、とたんに難しくなるので、テレビではもちろん、新聞でもまともな議論をまず見ない。
 しかし、枠組みの話を前提にしないと、高速道路をどうすればいいのかという政策論争にならない。キュウリとナスと今日はどっちが安いかという八百屋の店先の議論では、農業問題を議論していることにならないのと同じだ。



 日本の高速道路は基本的に償還主義を取ってきた。国費(道路特定財源、財政投融資など)で建設し、利用者から徴収する料金で償還していく仕組みだった。償還期限は50年以内と定められていた。もともとは路線ごとの償還主義だったが、これだと東名高速のような黒字の幹線はたちまち償還が終わって繰上げ無料開放になるのに対して、地方路線は赤字のまま償還期限を迎えてしまうことになる。そこで途中からプール主義になった。黒字路線の山で赤字路線の穴を埋める仕組みだ。これで黒字路線の繰上げ無料開放はなくなった。それでも償還期限の上限は超えられない。そこで頭のいい官僚が償還期限の起算日まで平均することにした。これなら個別に起算したよりも償還期限を先延ばしにできる。こうしていまのところ無料開放された高速道路は一本もない。(地方道路公社の有料道路は別である。)

 小泉内閣時代に進められた高速道路の民営化では、高速道路の国費負担が禁止になるはずだったが、建設費については国費負担がたちまち復活している。しかし、過去の債務の償還主義は民営化後も維持されている。
 旧日本道路公団などの高速道路の資産と債務は、財団法人日本高速道路保有・債務返済機構が引継ぎ、債務は一括して45年間で償還することになった。というか、料金を与件として固定した結果、この償還年数になったわけだ。かなりいい加減な計算だが、いちおう2051年には、自動的に既存のすべての高速道路が無料開放されるはずである。機構自身には財源がないので、6つに分割された高速道路株式会社に資産を貸付けて償還財源に充てる仕組みである。
 高速道路を無料化したり割引料金にしたりすると、この償還財源がなくなるので、不足分を国費で補填しないと、45年の償還期限が守れなくなる。
 こうして形式的には償還主義をとりながら、実質的には無料開放を先延ばしにしてきた仕組みが、民営化後もなんら本質的には変わらないまま続いている。国費負担なしの原則もなし崩しにされている。民営化が看板の掛け換えだったと批判されるのはこのためである。
 45年の償還期限を待たずに全国の高速道路をいきなり全部無料開放するということは、機構が旧公団から引き継いだ債務を全額国が肩代わりするということである。債務額は約40兆円。これを納税者が負担するか、高速道路利用者が負担するかということなのだ。どっちにしても、猪瀬直樹氏が力説していた国民負担なき民営化など、そもそもありえない話だったわけだ。
 ちょっと急いだが、制度の概略を述べてみた。



 日本の高速道路料金が高すぎるということは、実感としても、国際比較をしてみても異論はなさそうだ。物流業界では、燃料費と高速道路料金の比率が1対1になっているというから、物流コストに占める高速道路料金の割合はかなり高い。長距離輸送にとって大きなコスト要因になっているだけではなく、営業車両がこまめに乗り降りする首都高だって積み重なればばかにはならない。
 選択肢としてとりうる政策は、無料開放、定額制、低料金化の3つだ。
 将来的には無料開放がいいと思う。しかし、いきなり無料開放すると、一般道とのバランスが崩れ、大渋滞が発生する恐れがあるので、少なくとも都市部では慎重にシミュレーションし、一般道の渋滞対策を立ててからにしたほうがいい。これも異論がないだろう。
 そこで定額制(入場料制)か低料金化だが、定額制だと短距離が不利である。実際、前原国交相がいったん出してひっこめた定額制も、短距離は値上げだった。
 消去法の結果、低料金化しかないことになる。
 機構が旧公団から引き継いだ債務40兆円の返済は、実質的に高速道路各社が道路賃借料として負担している。そのせいで、料金が高くなっているのだから、低料金化するには、この債務負担を軽減しなければならない。旧国鉄の債務については、JR各社の負担割合は約3分の1だったが、それに比較すると、高速道路各社の債務負担は重すぎる。
 たとえば、東日本高速道路株式会社(NEXCO)の場合、平成20年度の事業費は9,678億円で、この内訳は機構に支払う道路賃借料5,694億円、管理コスト2,118億円、建設コスト1,866億円である。債務償還財源に充てられる賃借料が事業費の59%を占めている。
 賃借料を3分の1に減額すれば、管理コストの倍近い事業費圧縮ができる。つまり、料金を3分の1にできる。



 アクアラインの社会実験は、ちょうど3分の1の割引料金となったが、交通量の増加は1.5倍にとどまったので、料金総額では2分の1の減額だった。
 接続している一般道で渋滞が発生するなど問題も生じている。無料開放してさらに交通量が増えるなら、アクアラインをもう1本つくらなければならない(もともとはそういう計画もあった)が、さすがに国にも県にもその財源はないので、当面、無料開放は現実的ではない。
 アクアラインの交通量が増加すれば、それを吸収する関連道路の整備も進めなければならないが、これは簡単にはいかない。
 全国の高速道路を無料化するためには、交通インフラ全体の見直しが必要であって、ただ休日のドライブやお盆の里帰りが安上がりになるという程度のお気軽な問題ではない。民主党のマニフェストは発想としては悪くはなかったが、官僚的なロードマップ(作業工程)の議論がなさすぎた。政治主導だというのなら、ご勝手にどうぞと官僚にそっぽを向かれて頓挫したのだ。脱官僚というマニフェストを喝采して民主党に票を投じた国民は、民主党が官僚にそっぽを向かれながら奮闘していることを、大目に見てあげる余裕があってもいいのではないかと思う。

 交通量が増加すれば、自動車排ガスや二酸化炭素の排出量が増え、環境面でマイナスとの指摘があるが、交通インフラ再編という大きな構想に比べたら、小さな議論だと思う。短期的には車が増え、渋滞が増えれば、排ガスは増える。とくに渋滞の影響が沿線には大きい。しかし、ハイブリッド車、電気自動車、燃料電池車への転換が進展すれば、排出量は低減していくと期待できる。
 自動車排ガスは、カリフォルニア州のシュワルツェネッガー知事がマスキー法以来とも言える過激な規制(※)を断行してから、世界の自動車メーカーが生き残りをかけた技術開発に取り組んでいる。一定台数の無排ガス車(電気自動車が現時点では有利)の実売実績を赤字でも作っておかないと、ガソリン・ディーゼル車も売れなくなるのだ。無排ガス車の赤字を減らすには販売台数を増やしてコストを下げなければならない。つまり、カリフォルニア州以外でも無排ガス車を売らなければならないという意外な波及効果があった。日産のゴーン社長が出血価格でリーフ(電気自動車)を発表したのも、カリフォルニアショックのせいだと言われている。



 全国の高速道路料金が3分の1になれば、広域物流が活性化し、大都市と地方都市の物流ネットワークが再構築され、地域格差縮小に貢献するだろう。これは日本列島のデザインを変更する革命になる可能性がある。
 国土デザインの基本は、都市と農村のそれぞれの魅力のメリハリ、さまざまな物流手段の最適化、自然や景観との調和である。自由放任にしておけば、都市はスラム化し、農村は過疎化し、景観はずたずたに切断される。そこに政治と行政がどう介入するかが、国土デザインの醍醐味である。
 高速道路の役割はもともと大都市の連結だったが、現在は中核都市や主要観光地までネットワークが広がっている。それを無料化することは経済の連関性を高めることになるのだから、悪い方向ではない。地域の経済格差が縮小し、物価が下がり、商品が多様化し、国際競争力が高まるだろう。

 高速道路問題は、日本の骨格の問題なのだから、料金の問題に矮小化して議論してほしくないと思うのだが、やっぱりナスとキュウリとどっちを買うかという議論のほうがわかりやすいようである。小泉内閣のやった国民負担なき民営化が本物の改革だったなら、いまさら料金の議論はなかったはずだから、民営化はまやかしの改革だったと言わざるをえないが、議論としては当時のほうがはるかに深かったのだから、あのときの議論をもう一度やりなおすしかないようである。

 次回は農業の予定だ。

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渋柿庵主人
※社会実験 高速道路料金を割り引くために、社会実験という方便が、全国各地で行われている。
 千葉県では、アクアライン(東京湾横断道路)の料金を普通車平日2,100円から800円に下げる社会実験を実施中である。これによって、アクアラインの交通量が5割増加し(20,900台/日から31,400台/日)、湾岸ルートからアクアラインルートへの転換が、小型車で2,030台/日(6,510台/日から4,480台/日)、大型車で1,560台(3,860台/日から2,300台/日)あったと分析している。交通量統計には必ずある誤差を3割としても、まあまあプラスの効果があったようだ。

※カリフォルニア州の規制 計算は複雑だが、排ガス量の多い車を売っているメーカーの州内の販売台数を総量規制できる。