I-Method

渋柿庵日乗 四四


細かすぎて伝わらない法律

2010年7月30日
 火曜日(27日)、明治記念館で開催された建設廃棄物共同組合主催の「講演と懇親の集い」の講演の部に参加した。(懇親の部はパスした。)
 基調講演では、環境省の坂川産業廃棄物課長が廃棄物処理法改正について解説し、佐藤泉弁護士が座長を勤めるパネルにも、課長自ら参加するという、なかなか贅沢な、というか環境省の説明会みたいなイベントだった。

 「細かすぎて伝わらないコント」というお笑い番組があったが、今回の改正法は、まさに細かすぎて伝わらない法律だ。
 伝わらないどころか、見落としがかなりある欠陥法だ。 
 細かすぎて伝わらないことは課長もご承知なのか、奥歯に条文が挟まったような基調講演だった。後半のパネルの議論も竹串で腹をつつくようにくすぐったかった。
 そんな講演を3時間半も聞かされながら、「日本の法律がどんどんおかしくなっていく」という思いを改めて強くした。



 なんといっても奇妙な条文は、この日の話題の中心だった建設系廃棄物の排出事業者について規定した第21条の3だ。この条文は改正法の目玉といえるもので、建設工事に伴い生ずる廃棄物については、これまで元請けでも下請けでもどちらでも排出事業者になれるという曖昧な取り扱いが認められていたが、廃棄物処理責任を負う排出事業者は一義的に元請けだとはっきり定めた。
 しかしながら、これまで下請けが排出事業者となる実務が認められていたので、この慣例がすぐになくなるとは考えられない。
 そこで同条の2項から4項で例外規定を設けた。2項は保管の例外規定、3項は運搬の例外規定だ。
 問題なのは第4項で、委託の例外規定なのだが、実はちっとも例外規定になっていない。
 改正法施行後は、下請けが排出事業者となって、廃棄物の処理を処理業者に委託することができなくなる。このことに例外の余地はないのだ。
 ところが、従来の慣行で、もしも下請けが廃棄物の処理を処理業者に委託してしまったらどうするかと、環境省が余計な気を回してしまった。法の空白が生じるのではないかと。違法行為なのだから空白でかまわないのに、なんと、その場合には、下請けを排出事業者とみなし、委託基準などを適用すると規定してしまった。これが4項である。
 排出事業者になれない下請けが、元請の代わりに委託することは、違法な委託なのであるが、それでもやるなら、みなし排出事業者として委託のルールに従えというのだ。これは例外規定というより、違法行為にコンプライアンスを求める「老婆心条項」である。
 たとえて言えば、殺人は違法だが、それでも殺すなら、せめて殺しのルールに従ってくれと言っているのと同じだ。

 改正廃棄物処理法には、もっとすごい「自己参照(無限循環)」の可能性がある条文もある。しかも、許可取消しの根拠となる欠格要件を定めた部分だから、「ほんとにこれで大丈夫なの」と心配になってしまう。どうか法律の専門家のご意見をお寄せいただきたい。



 世にも奇妙な法律は改正廃棄物処理法だけじゃない。
 たとえば宮崎県で口蹄疫が蔓延したことに伴い、「口蹄疫対策特別措置法」が6月4日に交付された。
 口蹄疫対策にとって一番重要な対策は、感染拡大を食い止めるための速やかな殺処分である。
 現行法(家畜伝染病予防法)によって、疫病に感染した家畜(患畜)のと殺は命令できるが、感染を予防するための非感染家畜の殺処分については、口蹄疫を対象にしていなかった。だったら同法を改正すれば済む話なのだが、なぜか特措法で口蹄疫まん延地域の非感染家畜の殺処分を定めることにした。ところが、条文を読んでみたら、なんとこれが命令ではなく勧告になっている。当然、従わなくても罰則はないわけで、わざわざ特措法まで作った意味がわからない。これなら県の要綱でも十分だったんじゃないかと思われる。



 意味不明な法律、立法技術的に稚拙な法律が次々と出てくるのを見ると、内閣法制局はちゃんと仕事をやってるのかと思ってしまう。
 それにつけて気になるのは民主党と内閣法制局の確執だ。民主党といっても、確執の主役はまたしても小沢前幹事長である。小沢は検察庁嫌いで有名だが、内閣法制局廃止法案を作ったことがあるくらい、内閣法制局嫌いでも有名だった。

 内閣法制局は、頑強に集団的自衛権を違憲だとしてきた。自衛隊の海外派兵に歯止めがかかり、派兵ではなく派遣となっているのは、内閣法制局が派兵に抵抗しているからである。これが小沢の内閣法制局嫌いの主たる理由とされている。もちろん本心は知らない。

 内閣法制局の仕事は、法案を閣議決定する前に、憲法はじめ他法令との矛盾がないかどうかなどを立法技術的に審査することだ。つまり政府提出の法案の条文の一言一句について最後に責任を持つ官庁である。この審査を通らないと法案が閣議に諮られないので、内閣法制局長官は事実上の法案提出権を持っている官僚だと言える。内閣法制局長官は政府特別補佐人として必ず国会に出席し、法案の合憲性などについて自ら国会答弁してきた。
 小沢の主張は、内閣法制局は立法府の領分を侵しているから潰せということである。
 立法府である衆参両院にもそれぞれれっきとした法制局があるのに、さらに内閣に法制局がある必要はないというのは、理屈としては成り立つ。しかし、両院法制局の実力はかなり見劣りするというのが通り相場になっている。一方、内閣法制局は各省庁の法律のエキスパートが集まったドリームチームである。
 そこで、民主党政権になって小沢が実権を握るや、内閣法制局長官は政府特別補佐人から外され、国会答弁も禁止された。つまり蚊帳の外に置かれたのである。



 民主党政権になってから、なんとなくデタラメな法律が乱立しているような気がすることと、小沢の「内閣法制局つぶし」に関係があるとは思いたくはないが、結果としては、どうも内閣法制局が従来どおりには機能しなくなっているように思われる。

 法律の条文のテニヲハの細かい議論を甘く見てはいけない。たった一文字で意味が違ってくるのが法律や条約であり、それが戦争の口実になることだってあるのだ。
 内閣法制局を法案が素通りしてしまうのは、校正しないで本を出版するのと同じだ。小説ならそれでもいいが、法律がそれでは国が滅びる。
 内閣法制局をつぶすなら、両院法制局の人員を強化するなり、なにか対策が必要である。

 民主党政権が新しいルールを作ろうとして、いろいろ暗中模索をしていることをすべて否定しはしないし、よいプランなら気長に成果を見守りたいと思う。しかし、それなりに歴史的な重みのある官僚制度を、ただ政治主導の邪魔になるからと壊すだけで、代替する制度をきちんと立ち上げられないなら、その後に来るものは混乱だけである。
 官僚的な緻密さを欠いた民主党の政策がつぎつぎと自滅し、中途半端に放棄されていく姿は、熟年離婚で初めてキッチンに立った親父が作った、名前と出来栄えがかけ離れた無残な残骸料理みたいである。

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渋柿庵主人