I-Method

渋柿庵日乗 四七


ジャックとベンチャー

2010年8月14日
 このブログには滅多に県庁での仕事のことは書かないことにしているが、今回は、ちょっと面白いハプニングがあったので紹介したい。どの回もすべてそうだが、以下は実話である。

 話は1ヶ月前にさかのぼる。
 S市(人口6万人弱)の都市計画担当の課長(実は県からの出向者)が、S駅前の都市計画道路を県に整備して欲しいと陳情にやってきた。駅前にはすでにS停車場線(駅前通りの道路法上の正式名称)があるが、取付位置が悪いので、正面の目抜き通りとして付けかえてほしいというのだ。
 すでに技術系の担当者の根回しは終っているようで、会議で異を唱える県職員はいないはずだった。

 それでも私も含め、初めての出席者が何人かいたので、市の課長自ら1時間にわたり、道路の必要性について説明があった。
 質疑になったので、最初に私が発言した。
 「この道路によって、シャッター商店街どころか駐車場だらけになっている駅前がどのように活性化されるのですか」
 「それは道路ができてから考えます。今は駅への通勤・通学者のアクセス改善を第一に考えたい」都市計画担当課長の言葉とは思えない回答だったので、ちょっと驚いた。
 私は県側の担当者を振り返った。「最近、他の市で停車場線の整備例はありますか」
 すると若手の技師が発言した。「T停車場線を整備しましたが、用地買収で移転させてしまった商店が戻ってこないため、かえてさびしくなったとの意見もあります」
 勇気のある若手だなと感じた。

 私はもう一度市の課長を見た。「S駅の周辺には古刹など、歴史的な遺構がたくさんあるし、川も2本流れている。そうした歴史や自然の資産を都市計画に反映させず、ただただまっすぐに道路の線を引いてあるのはどうしてですか。川に沿った都市計画道路も引かれているようですが、せっかくの川と田園の美しい景観を分断してしまいませんか。課長がもしも駅前から観光客を徒歩で誘導するとしたら、どんな道を歩かせますか」
 すると課長は、駅からまず古刹に向かい、河岸を歩き、文学者の詩碑や記念館に立ち寄り、イチゴ園へと誘導するルートについて話した。それが魅力的な道であることはちゃんとわかっているのに、都市計画図には砂漠の中にでも作るようなまっすぐな計画線が引かれている。こんな中学生にも笑われそうな都市計画が、実は地方自治の平均的なレベルなのだ。
 「いま課長が話されたことを生かした都市計画を考えてきてください」
 都市計画の担当でもない私がそう言ったとき、市側の若手の職員数名が競うようにメモを取る様子が目に入った。
 その日の会議は、険悪なムードのうちに終った。私はシャンシャンで終るはずだった会議を乗っ取った会議ジャックだった。



 一ヵ月後の今日(13日)、再び会議がもたれた。私の要望で、会場は県庁ではなく市役所になった。私は会議の1時間前にはS駅について、駅前の路地という路地をくまなく踏査しておいた。
 会議が始まると、今回は課長ではなく、若手の担当者が説明を始めた。配布された図面には、駅周辺のさまざまな観光資源が写真付きで網羅され、観光客を誘導する遊歩道の計画も入っていた。前回の会議の図面に駅と国道と都市計画道路しか書かれていなかったのとはまるで違っていた。つたない絵ながら、若手の職員が必至に作った労作のようだった。前回と同じ駅前通りの計画線も書かれていたが、他の情報が多いので、よく見ないとわからないくらいだった。私が景観を壊すと批判した川沿いの都市計画道路は消えていた。
 道路だけではなく、駅前を多目的ゾーン、居酒屋ゾーン、商業・住宅ゾーンなどにゾーニングしてあった。このゾーニングは都市計画法など無視した職員手作りのポンチ絵にすぎないが、それが気に入った。
 とくに多目的ゾーンは、JA(農協)のあるエリアで、農協がもてあましている土地と施設をフレキシブルに活用しようという計画だった。会議の前に農協も見ておいたが、使われていない倉庫が無秩序に建っていた。その迷路性もミステリアスな魅力として活用できそうだ。周辺のどの駅にも農協の倉庫があったが、みんな壊してしまった。道路が不便だったために、M駅の倉庫だけが壊されずに残っているのだ。この多目的ゾーンが、大きな可能性を秘めている金の卵になると思った。

 2時間の会議で、道路の話はほとんど出なかった。どうやって観光客をS駅に呼ぼうかという話題が続いた。私が発言するまでもなく、農協の倉庫をそのまま転用した商業施設を作りたい、特産物のイチゴを使ったイベントをやりたい、海までたった8キロだからハマグリや鰯料理もいいんじゃないか、料亭用の高級醤油だけを作っている小さな工場があるんだけど生かせないかといったさまざまな意見が飛びかった。
 「古刹、川、醤油工場、イチゴ園など、観光施設を結ぶ遊歩道や自転車道を整備し、農協の倉庫で特産品を売るバザーを開き、どこにもまけない地元の山海の珍味を美味しく安く食べてもらえれば、必ずテレビでも話題になるようなスポットになり、駅からの観光客を呼べる。駅前が活性化しないと、街全体が活性化しない。通勤・通学のための道路ができただけでは駅は生き返らない。今日はいい計画を見せてもらいました。道路の整備を県が支援することに異論はありません」
 前回は会議ジャックだった私だが、今回は市の計画を褒めた。
 市の総務部長が最後の発言をした。「ストーリーのある話は夢があってほんとにいいですね。道路の話だけじゃつまらないと思いました」
 参加者たちは会議が終ってもすぐには散会せず、県市の職員が互いに笑顔でそのまま談笑していた。私も前回は険悪なムードで別れた市の課長としばらく話した。
 「最初に説明したのは地元に住んでる職員なんです。やっぱり地元の若い職員ががんばらないといい計画になりませんね」立ち話をしているときに課長が言った。



 S駅前の活性化なんていうのは、国政や国防の話に比べたら小さい。だが、いま国の経済を再生するためにやるべきことは、地方の小さな成功例を積み重ねることであり、そのために自治体が自らベンチャーになることだ。無駄遣いを減らすだけの事業仕分けではだめで、ベンチャーが必要なのだ。ベンチャーとはお金を使うことではなく、お金を稼ぐことだ。国から補助金をもらって10億円の道路を作るのは簡単だし、事業仕分けでその10億円を切るのはもっと簡単だ。しかし、10億円を稼ぐのは難しい。客単価を1000円だとすれば、100万人のお客様に来てもらわないと10億円にならない。
 きっとS市は駅前で10億円稼ぐベンチャーになれるに違いない。そのための一歩を踏み出したのなら今日の会議は無意味じゃなかった。S駅前が人であふれるようになることを切に期待したいし、自分もお客の一人になってみたい。

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渋柿庵主人