I-Method
ガラパゴスのネズミ |
2010年9月3日 |
日本のガラパゴス化は、いまやステレオタイプ化したといってもいいほど、常識 になっている。ガラパゴス化とは、あまりに環境に適応しすぎてしまったために、 環境の新たな変化に適用できなくなった状態、いわば過進化状態をいう。恐竜が絶 滅したのは、特定の方向へ進化しすぎてしまったために、巨大隕石の衝突による地 球の急激な寒冷化に適応することができなかったからだという。これに対して哺乳 類は恐竜の繁栄の影で1億年もの間ずっと夜行性のネズミのような未分化な状態の ままで我慢を強いられていたため、恐竜絶滅後の環境に適応して多様な進化ができ たのだという。未分化であるがゆえに伸びしろが大きかったのだ。 日本の政治・行政システムや産業構造のガラパゴス化は、大雑把なまとめとして は、正鵠を得ていると思う。 それに対して文化大革命という大粛清(大絶滅)を経験した中国の現在の発展 は、まさに未分化状態からの大進化を見せつけられている思いだ。 8月31日の「環境と経営のビジネストレンド研究会」では、グーグルジャパン の名誉会長、村上憲郎氏の「グーグルが創造るグリーンIT〜クラウドコンピュー ティング・スマートグリッドでパラダイム転換を〜」という講演を聞いた。 グーグル草創期のビジネスモデルのお話から、コンテナ型データセンターのお 話、さらにデータセンターの電力使用料を下げるためのグリーンIT、そしてクラ ウドコンピューティングとスマートグリッドがもたらす未来社会のお話へと、話題 が理路整然と発展していった。 村上氏いわく「ファクトに基づく話」である。(日本人は事実に基づかない話ば かりする。M氏やF氏のようなタレントコメンテータがその典型だという。) スマートグリッドとは電力網と情報網を論理的に縒り合わせることによる電力の 最適化である。グリーン電力(風力発電、太陽電池、プラグインハイブリッドカー など)による電源の分散には欠かせない技術である。 クラウドコンピューティングとは、シンクライアントデバイス(軽薄端末)と巨 大なデータセンターをインターネットで結合する新しいコンピューティングであ る。シンクライアントデバイスの代表はiPhone、iPad、アンドロイド携 帯などのスマートフォンである。 クラウドコンピューティングとスマートグリッドによって、電源につながってい るあらゆる物(住宅、家電、スマートフォン、プラグインハイブリッドカーなど) がインターネットで相互に結合され、ユビキタス社会(まだ死語になっていなけれ ば)と呼ばれていた未来社会が実現する。 村上氏は、クラウドコンピューティングとスマートグリッドのどちらでも「日本 は大きく遅れをとっている」と指摘する。 たとえば、日本の電力業界は停電時間が年間数分という世界一の信頼性を誇って いる。だが、あまりにも完璧であるがゆえに、スマートグリッド不要論があり、地 域電力網の情報化は手付かずだ。イタリアではすでに終わっているスマートグリッ ドが、日本ではやっといま議論がはじまったばかりの状態だという。 また、クラウドコンピューティングを実現するためのコンテナ型データセンター は日本には一か所もないそうだ。だから、日本のIT企業が謳っているクラウドは 眉唾だと一蹴していた。日本のデータセンターは空調がぎんぎんに効いた巨大な耐 震ビルの中にあって、フルセットのデータをバックアップしている。だが、世界の 最先端のデータセンターは、空調などの余計な電力使用を極限まで切り詰めた雨ざ らしのコンテナであり、耐震性も防災性もあったものじゃない。しかし、データを 断片化して世界中のセンターに分散させているため、コンテナが壊れてもなにも問 題ないし、ハッカーの攻撃にも強い。ムーアの法則によればデバイスの性能はどん どん進んでいくから、適当なところで壊れてもらったほうがむしろ好都合なわけ だ。いかにして信頼性をぎりぎり下げられるか(=コストを下げられるか)が、ク ラウド時代の巨大データセンターのテーマで、信頼性のためにコストを惜しまない 日本は、世界のIT産業の潮流とは逆のことをやっているという。 そんなわけで、講演や講演後の懇親会では、ガラパゴス化という言葉が何度も出 てきた。 完璧であるがゆえに時代遅れとなってしまったデータビルや電力網は、日本のガ ラパゴス化の一つの象徴であるにすぎず、あらゆる分野で過度の完全性を求めるが ゆえの硬直化が起こっている。戦後の高度成長を支えた官僚の無謬主義(間違いを 絶対に認めない官僚哲学)が、いまや日本のガラパゴス化の総本山だというのは、 村上氏の指摘を待つまでもないことだろう。 この閉塞状況をどうすればいいのか。懇親会はいつになく暗いムードに包まれ た。出席者はそれなりの企業のそれなりのポジションにいる方ばかり。つまり、会 社も自分もガラパゴス化しているのだ。ガラパゴス化を打破するには、ガラパゴス 化してしまった恐竜に絶滅してもらうよりない。しかし、その絶滅推奨種に自分自 身が入っている。お役人の私なんぞは絶滅推奨種の筆頭だ。 「今日は暗い気分で帰ることになるね」小林コーディネーターのストレートな〆 の言葉とともに、なんの希望の光も見ないままの散会となった。 さて、ほんとうにもうどうにもならないのか。 希望の星は、ガラパゴス化の対極にあるもの、恐竜に踏みつぶされてきた未分化 で、未熟で、幼稚で、弱小で、無視されてきたネズミである。 そんなものが日本にまだあるのか。 女性、子供、山村、ホームレス、海底、野草、そして廃棄物…月並みだけれど、 未分化なものとしてそんなところが思い浮かぶ。 もっとほかになにかないだろうか。巨大な恐竜の影で未分化のまま生き抜いてき た、なんの特徴もない目立たない小さなネズミがもっとほかにいないだろうか。 きっとそれを見つける人がいるだろう。その目立たないネズミに未来の希望を見 つけられる人が出てくるだろう。そうでなければ、ほんとうにもうこのガラパゴス 島はおしまいなのだ。 先頭のページ 前のページ 次のページ 末尾のページ |
渋柿庵主人 |