I-Method

渋柿庵日乗 四三


経済と環境の蜜月

2010年7月29日
 先週の金曜日(23日)、環境経営・ビジネストレンド研究会の例会に参加し、名古屋大学エコトピア科学研究所の林希一郎教授から「生物多様性と企業のビジネスチャンスとリスク〜COP10を目前に控えて〜」というお話を聞いた。
 生物多様性条約の第10回締約国会議が10月に名古屋で開催され、名古屋議定書の採択に向けた議論が進むだろうというお話だった。ほんとに議定書まで持っていければ、気候変動枠組条約の京都議定書に匹敵する日本の快挙だ。
 COP10の公式サイト http://www.cop10.jp/aichi-nagoya/

 それはそうと、お話の関心は、生物多様性を守ることそれ自体にあるのではなく、そのための方法として、地球温暖化問題と同じように、この問題をいかに市場化するか、つまりビジネスチャンス化するかということにあった。
 そのために、林氏は、生態系サービス、PES(生態系サービスへの支払い)、生物多様性オフセット、生物多様性バンクなど、日本ではあまりなじみのないさまざまなキーワードを、すでに常識化している言葉のように使われていた。
 その出発点は環境アセスメントである。



 日本の環境アセスメントは、たいてい開発行為が環境に影響がないとするコンサル会社の作文にすぎない。アセスメントは開発を抑制する障害だと捕らえられているので、いかにアセスメントを回避するか、あるは無難に済ますかにどうしても関心が行って偏向した内容になってしまうのだ。開発後の確認調査は未実施になることが多いし、複数の開発が複合、重合した場合の影響は考慮されない。
 日本はやっとアセスメント法を制定して、この段階に立ったばかりだ。

 ところが、欧米では環境に影響のない開発行為はありえないという、しごく当たり前の前提から、開発を抑制するのではなく、開発によって失われた自然を近隣に同面積で再生するオフセットという発想が生まれた。さらにそれがバンク(オフセット用地を先行整備して開発事業者に販売する事業)に発展したようである。オフセットが義務付けられている国ではバンクが主流だと林氏はいう。自前でオフセットするより既存のバンクを買ったほうが、事業期間を短縮できるメリットがあり、コストも削減できるからだろう。
 ひきかえて、日本では公共事業に伴って稀少種の生息地の保全や移転がしぶしぶ行われている程度で、オフセットは一般化していないし、そんな状況でバンクがビジネスになる状況ではない。

 ただ、いろいろ応用はあるかもしれない。ミニ開発が多い日本では、建蔽率で空地を生み出したところで、ろくな緑地にはならない。そこで建蔽率を緩和するかわりに緑地をバンクで確保してはどうだろうか。
 たとえば、300uのミニ開発でも、建蔽率を60%から80%に緩和すれば有効利用面積が60u増える。この20%をバンクに移して60uの緑地を購入させる。100件あわせたら6000uの緑地が確保できるのだ。戸別に60uの空地があるより、まとまって6000uの緑地があるほうがずっといいように思う。建蔽率を緩和する見返りにバンクを購入させるというアイディアは、日本でもすぐに実施できそうに思う。



 環境は外部不経済である。それを内部経済化するには、規制が重要になる。
 規制が守っているのは直接的には環境であるが、結果的には規制が環境のビジネスチャンスを生み出している。
 たとえば10年前、所沢のダイオキシン問題をきっかけに焼却炉の規制が進んだとき、環境団体は焼却炉メーカーにダメージを与えたつもりだったが、結果的には大手の焼却炉メーカーは清掃工場建て替え特需でぼろ儲けだった。ガス化溶融炉など、さまざまな新技術も発展した。(ただし、当時、高額の新型炉に飛びついてしまった自治体は、今になって維持管理コストに苦しんでいる。RDF発電なども失敗例が少なくなかった。それでも自治体が購入してくれたおかげで新型炉のコストが下がり、サーマルリサイクル技術が普及する下地ができた。)

 現在、生物多様性の規制がほとんどない日本では、生物多様性が市場化する期待は薄い。地価が高く、未利用地の少ない日本で、欧米型の本格的なオフセットが普及することはまずないだろう。
 そうなると、残されているのは、認証ビジネスくらいのようだ。これは生物多様性に配慮した商品に認証マークをつけ、その販売を促進することで、間接的にオフセットしているのと同じような効果をもたらそうというものである。カーボンオフセット商品と発想としては同じである。
 すでに漁業ではMSC、林業ではFSCなどの国際的な認証が実績を上げている。こららの認証は、乱獲や皆伐をせず、漁礁や植林で資源の持続可能性を担保していることの認証であるが、それを生物多様性とも結びつけている。
 その背景は、ユネスコなどの国際機関、WWF(国際自然保護基金)などの国際環境団体、ユニリーバなどの多国籍企業の複雑な資金と思惑が絡み合っていて、一筋縄ではいかない。
 日本政府と日本企業は、こうした国際的な環境認証ビジネスの複雑怪奇な駆け引きからも取り残され、高額で認証を購入してくれるお人好しのお客様(カモ)になっている。



 生物多様性をいかにビジネスにするかという林氏のお話は、環境経営・ビジネストレンド研究会の趣旨にふさわしいものだった。
 環境保全にはコストがかかる。そのコストが外部不経済のままでは、環境にかけるコストは増えていかない。だから、環境をビジネス化し、環境と経済の蜜月を演出する必要があるということは、多くの環境経済学者が訴えているところだ。しかし純粋に環境だけに関心のある人が、こんな話を聞いたならば、単なる投機ビジネスの話だと思ったことだろう。日本の環境派はいまだに安保闘争時代、全共闘時代の頭から抜けていない。

 生物多様性バンクの説明を聞けば聞くほど、欧米のシステムはクールだなあと思わずにはいられない。林氏のお話にはなかったが、たぶんバンクの時代の後に、すでに生物多様性ファンドの時代が来ているのだろう。生物多様性がビジネスとして有望だとなれば、当然投資家がつくからである。
 ところがいまだに日本の多くの企業にとって、環境対策費は単なるコストに過ぎない。だからてっとりばやくコストを外部化してくれる不法投棄もなくならない。

 それはそうと、林氏のスライドで生物多様性バンクの現地の写真を見ながら、荒川ビオトープを思い出した。国土交通省が麦畑を買収して旧河川を近自然工法で復元し、50ヘクタール以上の広大な餌場を必要とする猛禽類のサシバの繁殖をめざした一大事業だ。(渋柿庵日乗10に写真があります。)
 アメリカなら、あのビオトープに何百億円も税金をつぎこむのではなく、逆にバンクとして売り出すことで何百億円も儲けただろうなあと思ってしまった。でも、それが生物多様性を守るための最善の方法ではないかもしれない。

 そういえば、一昔前のことだが、広大な無許可処分場を許可基準未満の小区画に切り売りして儲けている業者がいた。つまりあれは無許可処分場バンクだった。アウトローとはいえ、日本にだってバンクの発想はあったのだ。アウトロー恐るべし。
 こんなのは論外だが、なんとか欧米からの輸入ではない、クールなビジネスモデルを日本から提案したものだ。カジノは禁止だと言いながら、世界最大級のギャンブル産業とも言えるパチンコ業界が、堂々と換金営業(三店方式営業)を黙認されてる国なんだから。

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渋柿庵主人